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質草女房

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「ただ、息子の多助のことが気掛かりです。仕事も失ったうちの亭主に、正直言って面倒見られるとは思えません」
 そのおかねの言葉に利兵衛は優しく笑いました。
「いいよ、いいよ。息子さんもうちで預かろう」
 その言葉におかねも長吉も驚きました。二人ともおかねをどこか女遊びをするところに売り払われるのかと思っていたので、そうすれば息子の多助は邪魔なはずです。ところが利兵衛は多助も預かると言うではありませんか。
 おかねは利兵衛の目をジッと見つめました。その目はとても誠実そうな目でした。
(この人なら信用出来る)
 そう思ったおかねは、多助の手を引いて利兵衛の後についていきました。
 その背中に長吉が声を掛けます。
「おい、おかね! 多助!」
 その声にもおかねは振り向きません。多助はチラッと振り向きましたが、おかねが手を引くとすぐに前を向いてしまいました。
 こうして遠ざかる女房と息子の背中を長吉は呆然と立ち尽くして眺めるしかありませんでした。

 亀屋に着いたおかねと多助に利兵衛はお茶を差し出しました。多助には饅頭まで出してくれたのです。
 おかねはかえって申し訳ないような気になりました。
「旦那様、あたしは質草なんですよ。こんなことされちゃあ……」
 おかねが気兼ねして言いました。すると利兵衛はふくよかな笑顔をしておかねに言いました。
「いやいや、いいんですよ。ところでおかねさんには長吉に貸したお金の分、うちの店で働いてもらおうかと思ってね。お坊ちゃんの心配はいりませんよ。ばあさんに面倒見させるから……」
 おかねの顔から緊張が解け、安心した表情が広がります。そして、改めて頭を下げると
「あたしでよろしければ是非、使って下さいまし」
 と、言いました。
「まぁ、今日は色々あって疲れたじゃろうから、ゆっくり休みなさい。明日からお願いしますよ」
 利兵衛はそう言うと、おかねと多助のために一部屋あてがってやりました。以前は利兵衛夫婦の息子たちが使っていた部屋です。その息子たちも、もう結婚して家を出ています。
 その夜、おかねは多助に子守歌を歌ってあげました。
 それを利兵衛はジッと聞いています。
「いい子守歌じゃな。長吉め、あんな良い女房と息子を泣かせおって……。さて、長吉の奴、これからどうするかな? こりゃ、見物じゃわい。おい、ばあさん、熱いの一本つけてくれ」
作品名:質草女房 作家名:栗原 峰幸