質草女房
「ええい、じゃあどうだ。うちの女房を質草にしようじゃねぇか。ただ、一両で女房ってぇのは割に合わねぇ。金を返すまでの間は、女房を自由にさせてくれ」
「へっ? おかねさんを……、質草にかい?」
さすがに利兵衛も驚きを隠せません。確かに初鰹は「女房を質に入れてでも食べたい」などとは言いますが、本当に質草にするなどとは、利兵衛も長年質屋をやっていますが、初めてのことです。
「そうともよ。うちのかかあなら文句あるめぇ」
長吉が腕組みをして居直りました。
利兵衛も腕組みをしました。そして、何やら深刻な顔をして深く考え込んでいる様子です。
利兵衛が煙管で煙草をふかしました。その仕草を見て長吉はじれったそうです。
「おい、じいさん。貸すのか、貸さねぇのか、はっきりしてもらおうじゃねぇか」
「ふーむ」
利兵衛が煙管の灰をポンと落としました。
「いいでしょう。一両、お貸ししましょう。約束の期限は一月後。まぁ、それまではおかねさんと暮らしていてもいいよ。ただし、一月過ぎても返さない場合はおかねさんを頂いていくからね。忘れるんじゃないよ」
こうして長吉は女房のおかねを質草に、一両のお金を借りて初鰹を買い、余ったお金でお酒を買って長屋へ帰りました。
初鰹を見たおかねはびっくり。
「お前さん、よく初鰹なんて買えたね」
「うん、ちょいとね。親方からのおすそわけだよ」
でもおかねは心配です。高い初鰹を気前よく親方が分けてくれるなんて、出来過ぎた話です。
「ねぇ、お前さん、本当に親方さんからのおすそわけなのかえ?」
不安になったおかねが長吉に尋ねました。
「うるせぇ! おめぇは黙って亭主の言うこと聞いてりゃいいんだ。それより、さっさとこの鰹をさばきやがれ!」
仕方なくおかねは鰹に包丁を入れます。
やがて長吉の前に初鰹の刺し身が並びました。長吉は醤油に溶き辛子を入れて、それにつけて食べました。
「こりゃ、美味い。ほれ、おかね、多助、お前らも食ってみろよ」
そうは言われたものの、おかねは何か胸につかえるものがあって食べる気はしませんでした。
「あたしはいいよ。全部、お前さんと多助でお食べ」
「そうかい。じゃあ、遠慮なく俺と多助でいただくとするか」
長吉は酒を飲みながら、初鰹の刺し身をつまみました。