質草女房
実は利兵衛は怠け者で借金ばかり繰り返す長吉のことがあまり好きではありません。それに期限までにお金を返したことなど一度もないのです。
「よう、じいさん。一両ばかり貸してくれや」
長吉は店に入るや否や、利兵衛にそう言いました。
「何だね、薮から棒に」
利兵衛は露骨に嫌な顔をします。
「どうしても金がいるんだよ。頼む。貸してくれ」
長吉は頭も下げずに、手を袖の中に入れたまま利兵衛に頼みました。利兵衛は苦虫を潰したような顔をしています。
「どうしたんだい? わけを聞こうじゃないか」
「金を貸すのにわけがいるのかい?」
「お前さんはいつも借りたお金をちゃんと返さないし、怠け者だからね」
利兵衛が冷たく言い放ちました。
「わけは言えねぇ」
長吉も初鰹を食べたいからとは言えません。
「じゃあ、無理だ。余所を当たるんだね」
利兵衛は長吉に背中を向けてしまいました。長吉は困ってしまいました。これでは初鰹が食べられません。だけど長吉の初鰹への思いは大きく膨れ上がり、自分でも止めることが出来ませんでした。
「わかった、わかった。言う、言うよ。実はな、初鰹が食いたくてこうして金を借りに来たってわけよ」
利兵衛は目を丸くしました。
「それじゃあ、お前さんは初鰹のためにお金を借りようってぇのかい? 呆れたお人だねぇ」
「なぁ、頼むよ。俺も江戸っ子だ。初鰹くらい食いてぇや」
ようやく長吉が手を合わせて頭を下げました。
しかし、利兵衛は長吉にお金を貸す気など毛頭ありません。何とか無理難題を吹っかけて追い返そうと考えました。
「うちは質屋だ。質草がなくっちゃあ、お金は貸せないよ」
利兵衛は長吉の家に、もう質草になるようなものがないことを知っていて、わざと意地悪そうに言いました。
「俺の左官道具がある。あれでいいだろ?」
長吉は利兵衛が質草に入れたものを、そのまま使っていてもいいと言うと思っていました。今までもそうだったからです。
「左官道具はお前さんの商売道具じゃろ? お前さんが左官道具を質草にすると言うのなら、今日にでもうちに預けてもらうよ。するとお前さんは仕事が出来ない。明日から一家、路頭に迷うわけだ」
これには長吉も頭を抱えました。確かに商売道具がなくては仕事ができません。すると借金が返せないばかりか、明日からの生活にも困ってしまいます。