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質草女房

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 江戸時代も町人の文化が発展した、文化・文政時代の頃の話です。
 江戸は浅草の菩薩長屋というところに長吉とおかねという夫婦が住んでいました。そして二人には多助という五歳になる息子がいました。長吉は壁塗りの職人として左官屋の親方の元で仕事をしていました。女房のおかねは大層な美人で、近所中でも評判でした。
 こんな長吉一家ですが、長吉は根っからの江戸っ子で「宵越しの銭は持たねぇ」などと言っては、外でお酒をよく飲んで、あまり家にお金を入れませんでした。
「お前さん、もう少ししっかりしておくれよ」
 女房のおかねが言っても長吉は聞く耳を持ちません。
 江戸時代はお金がなくてもツケで買い物が出来ましたので、困ることはありません。それでも、長吉の態度におかねはいつも呆れ顔をしていました。
 それに長吉は左官職人としての腕は良かったのですが、時々、怠け癖が出て仕事も休みがちでした。これでは、いくら腕が良くても貰えるお給金は多くありません。
 おかねはいつもため息を漏らすのでした。

 ある年の六月。長吉が仕事もせずに町をフラフラ歩いていると、魚売りの声が耳に入りました。
 この時期になると初鰹を売りに、魚屋が町を回るのです。ただし、この時期の鰹は高く、一匹で三分もします。今で言うと四万円くらいでしょうか。
 江戸っ子は初鰹に目がありません。「女房を質に入れてでも食べたい」などと言われていました。
 長吉も江戸っ子です。この時期には鰹を食べなければ気が済みません。長吉は袖の中のお金を確かめます。しかし、お金は銅銭が少しばかりあるばかりです。
「ああ、初鰹の刺し身が食いてぇなぁ。お銚子をキューッとやってよぉ」
 ただ、食べられないとなると、余計食べたくなるものです。長吉はどうしても鰹が食べたくなりました。
「そうだ!」
 長吉が何か思いついたようです。長吉は走りだしました。
 長吉が向かった先、そこは長吉の長屋の近くにある「亀屋」という質屋でした。ここは長吉が昔からの馴染みの店で、よく出入りしていました。
 亀屋は老夫婦でやっている質屋でしたが、あるじの利兵衛は人柄が良いことで有名でした。
 生活に困った浪人が刀を売りにくれば、せめて格好だけでもと竹光を持たせてやったりしたこともあります。
 長吉は暖簾をくぐって亀屋に入りました。その長吉を利兵衛が上目遣いで見ます。
作品名:質草女房 作家名:栗原 峰幸