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質草女房

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 おかねはしばらく目を瞑った後、大きく目を見開きました。
「わかりました。取り立てに行って参ります」

 空は暮れる寸前の闇と茜色が溶け合った色をしていました。
 長屋の近くまで来ると、おかみさんたちの陽気な笑い声が聞こえます。それに混じって長吉の声も聞こえてきました。
「長吉さん、すっかり人が変わっちまったねぇ」
「この間は煮物、ごちそうさまでした」
「いいんだよ。困った時はお互い様じゃないか。それより、今度また雨漏りした時、よろしく頼むよ」
「へい、まかして下せぇ」
「それで、おかねさんの方はどうなんだい?」
「……」
「そうかい……。しっかりおしよ。きっと、おかねさんにもいつかは気持ちが通じるよ」
「ありがとうございます」
 そこへ、おかねが歩み出ました。
「おかね……」
 長吉の手から茶碗が滑り落ちます。茶碗はパリーンと、大きな音を立てて割れました。
「お前さん、ちょっと……」
 おかねはそう言うと、長吉に家の中へ入るように目配せします。
 長吉がおかねの後に続きました。長屋のおかみさんたちは心配そうな顔で長吉を見送りました。
「ねぇ、お前さん、今日は亀屋の遣いとして来たの。お前さんが亀屋に借りたお金、利子を含めて二両を取り立てに来たの」
 おかねが長吉とは目を合わせずに言いました。
「じゃあ、おかね。俺のところに戻ってくれるのか? 俺を許してくれるのか?」
 長吉は身を乗り出して、おかねに詰め寄りました。おかねが軽くため息をつきました。
「お前さんが反省していることも、人が変わったように真面目に暮らしていることもわかったし、それに何よりもあたしと多助のことを想ってくれていることもわかったわ。でも、今度だけだからね」
「わかってる。わかっているともよ。もう二度とあんな馬鹿なまねはしねぇ。俺は生まれ変わったんだ。信じてくれ」
 そう言う長吉の目には力がこもっていました。
「わかりました。信じます。でも……、お前さんに二両なんて大金、払える?」
 それを聞いた長吉は「ちょっと待ってろ」と言い、箪笥の中をゴソゴソと探し始めました。そして、おかねの前に小ツブ(銀貨)を差し出したのです。それは、合わせて三両ありました。
 さすがにこれにはおかねも驚きました。
「お、お前さん、どうしたんだい、こんな大金」
作品名:質草女房 作家名:栗原 峰幸