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質草女房

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「旦那様、あたしはもう、あの人に愛想が尽きたんでございますよ」
 おかねがきっぱりと言いました。
「確かに長吉がやったことは褒められたことじゃない。けどね、長吉もだいぶ反省して真面目に働いているようだし、おかねさんのことを心底、好きなようだよ」
「でもねぇ……」
 そのまま、おかねは黙りこくってしまいました。

 ある日、おかねは仕事の合間にこっそりと長吉の暮らしぶりを覗いて見ることにしました。
 おかねは長吉の勤める材木屋の近くの物陰に隠れ、そっと長吉の様子をうかがいました。
「おう、長吉、今夜あたり一杯どうだい?」
 仕事仲間でしょうか。長吉に声を掛ける者がいます。
「ダメだ。俺は酒はやめたんだ」
「なんでぇ、付き合いの悪りぃ奴だな。たまにはちょっとくらい、いいじゃねぇかよ。付き合えよ」
 仕事仲間がしつこく長吉に誘いかけました。
「俺はなぁ、酒と初鰹で女房子供に辛い思いをさせちまった。女房はもう、俺を許しちゃくれねぇかもしれねぇ」
 長吉のため息のような声が聞こえてきました。
「だったら、いいじゃねぇか。飲みに行こうぜ」
「いや。女房子供も辛い思いを今、しているんだ。俺一人だけ酒なんか飲めねぇ。俺はこれから女房のところへ行かなきゃならねぇんだ」
「許して貰えねぇ女房のところへか?」
「そうともよ。許して貰えなくったて、俺は行かなきゃならねぇ。そう決めたんだ」
 長吉の力のこもった声が聞こえてきます。
「わかった、わかった。もう誘わねぇよ。どこへなりと消えちまいな。まったくシケた野郎だぜ」
 仕事仲間は、そう言うと立ち去って行きました。
「さてと……」
 長吉は帰り支度を始めると一目散に亀屋の方へ向かって歩き始めました。その早さたるや、並の早さではありません。すぐに後を追いかけたおかねですが、あっと言う間に長吉を見失ってしまいました。
 おかねは仕方なく、先回りして菩薩長屋の近くで長吉の帰りを待ちました。
 すると、近所のおかみさんたちの声で長吉が帰ってきたことがわかりました。
「長吉さん、どうっだった? おかねさんには会えたかい?」
「いいや、今日もダメだったよ」
作品名:質草女房 作家名:栗原 峰幸