質草女房
「俺は今、心根を入れ替えて材木屋で働いている。まだまだ半人前だが、辛い仕事でも一生懸命やっているよ。掃除や炊事、洗濯も自分でやっている。一人で暮らしていくには不自由はしねぇ。だが、俺は気付いたんだ。俺はおかねや多助がいねぇと生きていけねぇ。それと今日、初めてお給金を貰ったんだ。少ないが亀屋さん、こいつはおかねの食い扶持だ。取っといてくれ。おかねの身受けの金は改めて払うよ」
そう言って、長吉は利兵衛に二分を渡しました。
「まぁ、預かっておこうよ」
利兵衛は長吉からお金を受け取りました。その様子をおかねは冷ややかに眺めています。
「お金を返すのは勝手だけど、あたしはもう、お前さんのところには戻らないよ」
おかねが長吉を睨み付けて言いました。
「おかね、本当に済まなかった。この通りだ」
長吉は手を合わせると、再び深く頭を下げました。
そして、懐から独楽を一個、取り出します。
「これは多助にやってくれ」
「こんな物で釣ろうってぇのかい?」
「そうじゃねぇ、多助の奴が寂しがっていると思い……」
「多助はね、寂しがってなんかいないよ。元々、お前さんは多助に何もしてやらなかったじゃないか」
そう言うと、おかねはプイと長吉に背中を向けて、奥に引っ込んでしまいました。
「お、おい、おかね!」
長吉は叫びましたが、おかねは奥の間からは出てきません。利兵衛は長吉をチラリと見ると、「ふぅ」とため息をつきました。
「どれ、その独楽はわしが預かろう」
「あ、ありがとうございます」
長吉の目から涙がこぼれました。
「おかねさんを連れ戻したいのなら、お金はともかく、毎日おいで」
利兵衛は長吉に向かって、そう言いました。長吉は新次の「亀屋にお参りをしろ」という言葉を思い出しました。
「へい……」
長吉は袖で涙を拭いながら、亀屋を後にしました。
それからというもの長吉は仕事の帰りには、必ず亀屋に寄りました。
しかし、おかねは長吉の前に姿を見せてはくれません。
それでも長吉は足繁く亀屋に通いました。やがて夏が過ぎ、秋が過ぎ、木枯らしが吹き始めます。それでも長吉は通い続けます。雨の日も、雪の日も……。
そして、お給金を貰った日には必ずお金を持ってきました。
「おかねさん、そろそろ長吉に会ってやったらどうだね?」
利兵衛がおかねに、そう言いました。