質草女房
おかねがちょうど材木屋の脇を通った時、長吉の姿が目に止まりました。おかねはすぐ陰に隠れて長吉の様子を伺います。
「何度言ったらわかるんだ! こんな縄の結び方じゃすぐ解けちまうよ! まったく使えねぇ野郎だ!」
長吉より若そうな男が長吉に文句を言っていました。
おかねは長吉と男が喧嘩になると思いました。今までもそうだったからです。ましてや、自分より年下の男に文句を言われて、短気な長吉が黙っているはずがないと思いました。
しかし、長吉は頭をペコリと下げています。
「へい、済みません」
そう言って、長吉は縄を結び直し始めました。
その様子をみて、おかねは首をかしげました。
「一体、どうしちまったんだろうね。あの怠け者で短気な男が……」
その日の夕方、おかねは利兵衛に、長吉を見かけたことを話しました。
「ほう」
利兵衛は興味深そうにおかねの話を聞いています。
「一体、どうなっちゃってんだか……」
「それで、おかねさん。長吉がお金を返したら、戻るのかい?」
利兵衛が笑いながら尋ねました。
「冗談じゃありませんよ、旦那様。自分の女房を質草にするような男のところへは絶対に戻りません!」
おかねがきっぱりと言いました。
「あはははは! そうか、そうか。まあ、わしもおかねさんがいると助かることは助かるんでな……」
利兵衛が大笑いをして、煙管の灰をポンと落としました。
その時、一人の男が亀屋の暖簾をくぐって入ってきました。
「いらっしゃいま……」
笑いながらそこまで言いかけた、おかねの顔が強ばりました。
入ってきた男は長吉でした。
おかねはスッと立ち上がると、長吉を冷たく見下ろしました。利兵衛もジロリと長吉を見据えています。
長吉は何も言わず、まずその場に土下座をすると深く頭を下げました。
「おかね、亀屋の旦那、本当に済まなかった!」
長吉は頭を下げたまま言いました。その声は喉から絞り出したような声でした。そして、額は土間の土についています。
「何言ってんだい、今更」
吐き捨てるようにおかねが言いました。
それを利兵衛が止めます。
「まあまあ、おかねさん。話だけでも聞こうじゃないか。長吉、顔を上げな」
そう利兵衛に言われて、長吉はやっと顔を上げました。その目には大粒の涙が一杯溜まっています。