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質草女房

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 利兵衛がおかねを呼びました。今日からおかねは亀屋で働くことになっているのです。
「はい、旦那様」
「早速で悪いんだがね。おかねさんには取り立てに行ってもらいたいと思ってね」
「取り立て……、ですか?」
 おかねが利兵衛の顔を覗き込みます。
 おかねはてっきり、店の中の仕事をするのかと思っていました。
「ああ、そうじゃ。そんなに難しく考えんでもええ。期限になってもお金を返さない人に催促して、お金を返してもらうんじゃ」
 利兵衛が笑いながら言いました。
 おかねは取り立ては男の仕事のように思えました。それに、血も涙もなくお金を取り立てるのは、恨みを買いそうで何か嫌な気分です。
「あたしなんかに出来ますかねぇ……。それに利兵衛さんは質屋さんでございましょ? お金を返さない人がいれば質草を取り上げて売ればよろしいじゃございませんか?」
 おかねはさも嫌そうな顔をして言いました。
「じゃあ、おかねさん。お前さんを売っ払ってしまってもいいのかね?」
 利兵衛がニヤニヤして言います。しかし、その顔は意地悪そうではありません。
 おかねは答えに困ってしまいました。
「実は今日、おかねさんに取り立てに行ってもらいたいところは、十軒長屋の清吉のところなんだ」
 清吉のことはおかねも知っていました。暮らし向きは決して豊かではありませんが、清吉は誠実な男で、夫婦とも仲がよいことで有名でした。
 利兵衛は立ち上がると、奥から綺麗な着物を一着、取り出しました。
「おかねさん、ご覧。これが清吉のところの質草だよ」
「綺麗な着物。花嫁衣装みたい」
 おかねはその着物の美しさに見とれました。ため息が出る程美しい着物です。
「そうじゃよ。清吉がお内儀のおりんさんの花嫁衣装じゃ。実はな、お金を借りにきたのはおりんさんでな。二両貸してある。今は利子が付いて二両と一分だ。まぁ、これを質草にする時はどんなに辛かったことかろうて。女のお前さんならわかるじゃろう?」
「……」
 おかねは利兵衛の顔をジッと見つめました。
「わしはな、取らなくてもいい質草は、なるべく取りたくないんじゃ。特にこういう人の心に根付いたような思い出の品はな。さて、そこでもう一度、おかねさんに相談じゃが、清吉のところに取り立てに行ってくれるかい?」
 おかねは深く利兵衛に頭を下げると言いました。
「是非、あたしに行かせて下さいまし」
作品名:質草女房 作家名:栗原 峰幸