そらのわすれもの5
「8歳くらいのね、文字習いたての頃書いたんだ。」
とても大切な物を見るように微笑む。
「習いたて?」
優太は膝に手をついて、屈んで聞くと知春は頷いた。
「知秋ちゃんと違って、私、文字かけるようになったの遅かったの。だから、優太くんに手紙を書くようになって嬉しかったんだ。ありがとう。私が文字を書けるようになったのは優太君のおかげ。」
知春は座ったまま、少し頭を下げた。再び上げられた顔は、月明かりのように柔らかい。
「初めて聞いた。」
優太も知春の側にしゃがんで、崩れた文字を眺める。左右が上がったり、下がったり一生懸命書かれている。
「うん。だって、それを話す場合はどうして学校に行っていないか話さないといけないじゃない?そしたら、知秋ちゃんの話をしなくちゃいけないじゃない?悪い気がしたの。」
壁の文字を知春は細い指でなぞると優太に笑いかけた。
「?」
あっさりと自分と知秋が同一人物である事を話してしまった知春が知秋の話題を避けていた理由が解らず、優太は不思議そうに知春を見た。
「あの頃の優太君、お姉さんと離れて暮らして寂しいって言ってたじゃない?知秋ちゃん、お姉さんとは違うけど、兄弟みたいなものだから、あんまり話題に出しちゃいけない気がしたの。」
知春が申し訳なさそうにいうと、優太は驚いた。
丁度優太が知春と文通を始めた頃、優太は両親が離婚したばかりで落ち込んでいた。落ち込んでいた優太によく知春は道端で花を拾っては押し花にしてプレゼントしたものだった。
「あ…。まだ、気にしてたんだ。」
「うん。」
知春は立ち上がると、優太の方を向いた。それに釣られ、優太も自然と立ち上がる。