情熱のアッパカパー要塞
まさか「竜殺しの矛」を見るとは思わなかった。人が強大な力を持つ竜族と戦うために作り出した伝説の槍だった。現存する物はコモンでは、たったの八本だったはずだ。
「やはり、屍様が勝ったでござるか」
屍とソークスが出していた強烈な殺気のせいで、リート・ボンドネードは、扉の所に立っている全身鎧を着た忍者が居ることに気が付かなかった。この男はダンジョニアン男爵の迷宮競技でキリング・ランキング二位のムササビだった。タビヲン王国の内戦でバタンの暗殺者の眷属が生み出した怪物、死甲虫を破るなど活躍したことで勇名を馳せていた。
その声で存在に、ようやく気が付いた。
「ムササビ。冬風に連絡を入れろ。怪我したから、治すための手はずを考えろと言っておけ。かなり酷い怪我だ」
屍が言った。
「アイアイサーで、ござーる屍様」
ムササビは乗馬ズボンの様な履き物から紫色の携帯電話を取りだした。
そして携帯を掛け始めた。
屍が手傷を負っても、この忍者が居ては、
安全に小イジアの身柄を確保することは出来ない可能性が高い。
どうするか。
リート・ボンドネードは策を考えていた。
そこに、上半身裸で包帯を胴に巻いた痩せこけた男が剣を持ってやって来た。
「君命の上意討ちを今こそ全うするとき。フラクター選帝国の国賊、屍、覚悟せよ」
屍の部下の幽鬼という男だ。リート・ボンドネードは、以前に『軍事戦略月報』に載った写真で見た、屍の部下達の顔を全て覚えていた。
どうやら、幽鬼は屍に対して敵愾心をもっているようだった。これは使えるかもしれない。リート・ボンドネードは事の推移を注意深く見守る事にした。
「ほう、また幽鬼殿も破廉恥漢で、ござるな。屍様が手傷を負った時を狙うとは」
ムササビが言った。
「忍者風情が。黙れムササビ。今は、絶好の好機だ」
幽鬼が言った。
「拙者は前半の人生では無口で寡黙だったから、後半生の今は、お喋りでペラペラ喋り回る事によって丁度釣り合いが取れているのでござる。ペラペラペラ」
ムササビはペラペラ言いながらフラフラと変な踊り?を踊り始めた。
「このクソ忍者め」
幽鬼は剣を両手で構えた。フラクター選帝国の刀ではなくコモンの騎士や剣士が使うロング・ソードだった。
「フハハハハハ。人生計画のない、君命第一のヘナザムライが、拙者の盤石な将来計画を揺るがす事は出来ぬ相談でござるよ。やるでござるか?」
ムササビは言った。そして両手を交差させて前腕に付いている刃を起こした。
「まずは貴様から殺す」
幽鬼は、ゆっくりと剣を大上段に振りかぶった。
リート・ボンドネードは、幽鬼に加勢しようと考えた。ボンドネード・ファミリー全ての攻撃力と幽鬼の攻撃力を加えれば屍とムササビを殺せる可能性は高いように思えた。
だが、その時…
「道に迷ったが。ようやく辿り着いた」
巨大な金棒を持った身長が三メートル近くあるフラクターの鎧を着た男が身体を屈めて部屋に入ってきた。
砕破だと、リート・ボンドネードは判った。
この男が、どちらにつくかで、屍を殺して、小イジアの身柄を確保できるかの算段が決まった。
「何やって居るんだ」
砕破は言った。
「おお、砕破殿、このヘナが、屍様を殺そうと例の病気が出たのでござるよ」
ムササビは言った。
「幽鬼。屍様を殺そうと企む前に俺と戦え」
砕破が巨大な金棒を振り回して言った。
「くそっ、ムササビと砕破の2人を相手には出来ぬ。絶好の好機を逃すか…」
幽鬼が言った。
「まあ幽鬼殿も暗くて地味な、やりがいの無いヘナ人生は止めて、殊勲を得ること考えるで、ござるよ。戦場でイケているナイスな男子になるのでござる」
ムササビは言った。
「灼熱の翼とキャンディ・ボーイズは俺と戦ったが、ボンドネード・ファミリーは戦わなかった。戦わない奴等が小イジアの身柄を手に入れるのは良くないだろう」
屍がソファーに座って余計な事を言った。
こういう状況の時のためにリート・ボンドネードは、パーティに負傷者を出さないで、戦力を温存していたのだ。
「おい、俺は忠告しただろう。屍様と戦うなと」
砕破はキャンディ・ボーイズのローサルを見て言った。そして続けた。
「お前の手下が酷い目に遭ったじゃないか。言わんこっちゃない」
砕破が言った。
「ああ、そうだ。俺の責任だ。だが血は流れていない何をしたんだ屍」
キャンディ・ボーイズのローサルが言った。
「ああ、あれは、峰打ちだ。フラクターの刀は片刃刀だからな。刃の付いていない方で軽く怪我をするぐらいで打ち込んだ」
屍が言った。
「何が、軽く怪我するぐらいだよ。シャールは血を吐き、ソフーズは、のたうち回っていた。ターイと、灼熱の翼の医者が治したけれどよ。2人とも、まだ、倒れたままだ」
キャンディ・ボーイズのローサルは言った。 「お前が王になろうとしている事は顔見れば判るからな。だから、お前の部下達を殺すことは止めたんだ。王になろうとする人間は良い部下にを持たなければならないからな。あの2人は、俺の前で骨のあるところを見せた。良い部下になるだろう」
屍は言った。
キャンディ・ボーイズの医者、ターイ・ラッスルと灼熱の翼の女医、ルエラ・ジパーズは、右腕と右足の残ってる部分に紐を使ってソークス・バンドの止血をしているようだった。おかしな事に医療魔術を使っていなかった。
「ああ、言っておくが、俺の剣、鬼牙で切られた傷は医療魔術じゃ塞がらないんだ」
屍は言った。
ターイ・ラッスルと、ルエラ・ジパーズが
驚いた顔で屍を見た。そして右腕と右足を失ったソークス・バンドを見た。
リート・ボンドネードは、ボンドネード・ファミリーを手で呼んで集めた。
「リッキーン。決行の合図を送ったら小イジアを影の鳥で影にしろ」
リート・ボンドネードは言った。
リッキーンは頷いた。
「ケー、私とコーネリーとリッキーンで小イジアの前に壁を作る。そしてコーネリーがスリープ・ミストの呪文を使い小イジアと、世話をしている男2人を眠らせる。その上でケーとイオラの2人で、リッキーンが小イジアを影にするから両脇を抱えて運べ」
リート・ボンドネードは小声で手短に言った。
皆頷いた。
リート・ボンドネードは立ち上がった。そして他のメンバー達も立ち上がった。
そして小イジアの前まで歩いていき、リート・ボンドネードとコーネリーとリッキーンで壁を作った。
コーネリーがスリープ・ミストの呪文の詠唱に入った。
そして、詠唱が終わった。背後で崩れ落ちる音が聞こえた。
リート・ボンドネードは後ろをチラッと見てケーとイオラが小イジアを左右から抱えている事を確認した。そしてリッキーンに合図を送った。
リッキーンは小イジアを影の鳥で影にした。
問題は無かった。
後は、この「第105賓客室」から出ていくだけだった。
リート・ボンドネードはメンバーを後ろに率いて黙って出ていこうとした。
そして出口を目指して歩いていった。
だが出口の前にはムササビと砕破が居た。
作品名:情熱のアッパカパー要塞 作家名:針屋忠道