情熱のアッパカパー要塞
ミドルン王国の代表として優勝し。国民的な英雄となった。二連覇をするために、もう一度、次の大武術大会に参加しないかと、懇願されたこともある。だが、ソークスは、二度と参加する気は無かった。自分の命が惜しかったからだ。得た名誉が、その時には重荷だった。そして戦う事から逃げるために、冒険屋になった。冒険屋になれば、人間よりも、より強いモンスターと戦うという名目が手に入った。誰も傷つく事のない選択だった。
屍という男は、アファルド・メナスとは全く違う剣風の男だった。計算づくの、ユニコーン流の突きを主体としたアファルド・メナスの剣に比べて、屍の剣は何でも、ぶった切る様な、荒削りな振り回す剣技だった。タビヲンの四剣士と言えども、大武術大会の出場者達よりは弱いとソークスは考えていた。事実、幽鬼は騙し討ちのような殺気をコントロールする剣を使った。だが、屍は、ソークスの槍に少しずつだが適応し始めたようだった。手傷のせいで、長時間の打ち合いで少しずつ正確で完成された剣技が衰えて崩れていった、アファルド・メナスとは逆だった。
手早く勝負をつける必要がある。
そうソークスは感じた。
あの時、アファルド・メナスも自身の剣技が崩れてきたとき勝負を賭けに行った。
それと同じ事はをソークスもしなければならなかった。
スカイ達三人は手枷と鎖に繋がれて、五人の全身鎧で完全武装の兵士達に引っ立てられて牢屋へ向かうらしい廊下を歩いていた。
「何というのか、俺達の仕事は、いつも、捕まることが多いような気がするなスカイ」
マグギャランは言った。
「そんな、悪いことやっているつもりは無いんだがよ」
スカイは言った。
「だが、世間様から見れば、十分悪いことをやっているのではないかねスカイ」
マグギャランは言った。
「まあ気にするなよ。これが冒険屋だよ。冒険屋は、あまり深く物事を考えずに仕事をやって行くんだよ」
スカイは言った。
それはスカイが七年間冒険屋業界でやって来た人生訓だった。
「うむ、なるようになるか。あまりにも無責任な言葉だなスカイ」
マグギャランは言った。
コロンが近づいてきた。
「…鎖を焼き切る」
コロンはスカイとマグギャランに小声で言った。トレーダー語ではなくミドルン語だった。
案の定、兵士達は気が付いていなかった。
「どうやって魔術を使うのだ。魔術師が魔術を使うには発動体が必要な筈だ。コロンの発動体は杖だろう」
マグギャランは訛のあるミドルン語で言った。
「…任せて。…出来る」
コロンは言った。
コロンは空中に火球を作った。そして火球はフラフラと兵士達の回りを飛び始めた。
兵士達がイシサ語で騒ぎ出した。
そして、コロンは人差し指の先ぐらいの大きさをした青白い小さな火球を空中に浮かべて作った。そして、スカイとコロンが繋がっている鎖を焼き切った。
兵士達は、コロンの作った火球に追われて逃げ回っていた。
じゃらん、と焼き切れた鎖が音を立てて床に落ちた。この鎖はスカイの手枷の穴を通して先頭のマグギャランと最後のコロンの手枷に固定されていた。
「よし!でかしたコロン!」
マグギャランが前にダッシュしてスカイの手枷を通っている鎖を引っこ抜いた。スカイも手枷が付いたままだが自由に動けるようになった。
「マグギャラン!キーック!」
マグギャランが、鎖を引きずったまま、
スカイ達の荷物である二振りの剣を持った兵士に飛び蹴りを掛けた。
その飛び蹴りに合わせてコロンの火球が兵士向かって飛んでいった。
兵士は慌てて、火球を防ごうとして剣で顔の前を塞いだ。その手にマグギャランの飛び蹴りが当たった。兵士は持っていた剣を落とした。
「スカイ!お前の剣だ!」
マグギャランが剣を取り返してスカイに一本を投げた。
スカイは、コロンの呪文書と杖を持っていた兵士の兜の上からスカイは鉄製の手枷の重みを利用した両手パンチを掛けた所だった。
剣は空中で受け取った。
「コロン!こっちにも火球を飛ばせ!」
スカイは叫んだ。
マグギャランの近くに在って、兵士達を追い回していた火球が二つに分かれた。
そしてスカイが手枷を付けたまま、鞘ごと剣で殴りつけている兵士の方へ飛んでいった。兵士は鎧を着ているせいか、殴っても、あまり効いていないようだった。
だがコロンの火球が兵士の顔目がけて飛んでいった。兵士は固まってしまった。
スカイは、口に剣の柄をくわえて、すかさずコロンの呪文書と杖を奪い返した。
「よし、武器は奪い返した!逃げ出すぞ!」
マグギャランは叫んだ。
「おうよ!」
スカイもコロンに呪文書と杖を放って剣を口から手枷の付いた手に持ち替えて叫び返した。コロンは杖と呪文書を上手く手枷の付いた両手で捕まえた。
そしてスカイ達三人はコロンの火球がデタラメに飛んで、しゃがんで避けている兵士達を置き去りにして走って逃げていった。
ソークスは勝負をかけた。
屍は大きく笑いを浮かべた。
そして勝負は意外な結末を迎えた。
ソークスはミドルン王家から下賜された愛槍「鎧通し」の真の力、「竜殺しの矛」としての力を古代神聖語を使って発動させた。
ソークスの槍は神々しい白い光を放った。
そして屍の心臓を狙ってスピンドル・スラストを掛けた槍の突きを放った。
屍は今まで同じようにソークスの槍を太刀で叩き切ろうとした。だが「竜殺しの矛」としての力を発揮した槍の刃は屍の太刀を中程からへし折った。だが必殺の突きは心臓を逸れて屍の左脇腹に深々と突き刺さった。
屍は大きく笑うと、槍が突き刺さったまま
前に出てソークスへ向かっていった。
勝負が付いたと思ったソークスは、一瞬呆然とした。
まさか、槍の穂先を自分の身体に貫通させて、前に進んでくるとは予想できなかったのだ。
「逃がしはしない」
屍は笑いを浮かべたまま折れた太刀を振りかざしてソークスの槍を胴に突き刺したまま太刀を振り下ろした。
一瞬呆然としたことが致命的だった。
屍の折れた太刀は槍を離して避けた筈の、ソークスの右腕を切り落とし、順体で構えていたソークスの右足も切り落としたのだ。
ソークスは、笑いを浮かべたままの屍を見ながら槍を放った前屈立ちの体勢から軸足の右足を失って倒れた。
そして血が吹きだした。
流れていく血と共に。
ソークスは意識を失った。
「まさかソークスが破れるなんて…」
マウド・ベルターは狼狽えた声で言った。
「えーっ、ソークスが負けたの!」
リッカ・グルンが叫んだ。
リート・ボンドネードは、事の推移を見守っていた。隙を見て小イジアの身柄を奪還しなければならない。屍が深手を負った今が好機か、どうかが判別しなかった。あれだけの深手を負って、まだ屍は動いていた。
「ああ、面白かった。久しぶりに生きるか死ぬかの殺し合いが出来た。だが、無傷という訳にはいかなかったな…強ぇ奴だ」
屍が自分の腹に突き刺さった槍を抜きながら言った。今は槍は光を発していなかった。
作品名:情熱のアッパカパー要塞 作家名:針屋忠道