情熱のアッパカパー要塞
ルージェイが投げナイフを三本腰から抜いて部屋の隅に一度に投げつけた。
「うぎゃぅあっっっっっっっ!」
リッキーンから悲鳴と共に血しぶきが吹き上がった。
「痛い!痛い!痛い!」
吹き出た血しぶきの中でリッキーンは胸を押さえて身体を震わせていた。喉と、胸の二カ所から血が吹き上がった。
リート・ボンドネードは、その光景を見ていた。
これが精霊使いの弱点であった。精霊使いの使う精霊は通常の物理的な攻撃は受けることはないが。自分の精霊が特定の条件を満たして攻撃を受けるとダメージが精霊使い自身にも行くようになっているのだ。
リッキーンは「影の鳥」という、非実体化
型の精霊を使うことが出来る。リッキーンが操れる影の鳥は最大五匹で、最大九十五メートルまで同時に操ることが出来る。「影の鳥」は精霊としては攻撃力が低いが。リッキーンは「影の鳥」を使った影の精霊魔術が使えるのであった。また、この精霊はリッキーンの目や耳の代わりをしてくれる能力を持っていた。リッキーンの精霊使いとしての能力は、この仕事の成否の鍵を握る重要な能力だった。
「ケー。治せ」
リート・ボンドネードは言った。
「判りました」
ケーが言った。
ケーがリッキーンの喉と胸に開いた三つの傷に手をかざした。血管が縫合されていき、血が止まり。組織の再生が始まっていく。医療魔術は時間が掛かるという難点を持っていたが。威力は絶大だった。
「どうした。誰にやられた」
リート・ボンドネードは言った。
「灼熱の翼のスカウト…」
リッキーンが息も絶え絶えに言った。
「他のパーティは気が付いて居なかったか」
リート・ボンドネードは言った。
「カーマイン団が気が付いた。キャンディ・ボーイズとW&M事務所は気が付いていなかった」
「なるほど、ロード・イジア達が集めたパーティはボンクラばかりではないようだな」
リート・ボンドネードは言った。
キャンディ・ボーイズも気が付いていたとリート・ボンドネードは考えていた。
「リッキーン。灼熱の翼、キャンディ・ボーイズ、カーマイン団。W&M事務所の侵攻ルートの確認をするわよ。ちゃんと聞いてきたでしょうね」
コーネリーが言った。
「もちろん…」
リッキーンは、かすれた声で言った。
「アッパカパー伯爵様!要塞の上空に謎の飛行物体が現れたとの報告が入りました!」
アッパカパー伯爵達は冬風の作戦を採用し、守備の煮詰めの為の作戦会議をしていた。その最中に、アッパカパー要塞の守備隊長ドウンに一報が入ってきた。
「何、イジアが雇った冒険屋が侵入してきたのか!スパイは裏切ったのか!」
アッパカパー伯爵は叫んだ。
「団長、出番じゃーん。ゲシシシシ」
ワールワルズ団長の足下にいる人面犬が、にやけた顔で奇怪な笑い声を発して言った。
「アッパカパー伯爵以下の各々方、このワールワルズのモンスター・サーカスの実力を見せるときが来ましたでありますな」
ワールワルズは自信満々な口調で立ち上がり首の回りに巻いたムチを両手でグイッと引っ張った。
するとムチで自分の首が絞まって苦しみ始めた。ドンドンとワールワルズの顔が鬱血して赤黒くなっていった。
「た、すけて…」
ワールワルズは口から、あぶくを吹いて床に崩れ落ちた。そして手足をバタバタさせはじめた。
「ワールワルズ団長を助けるんだ」
守備隊長の聖騎士団「鉄牛騎士団」の副団長のドウンが腰の剣を引き抜いてワールワルズの首に絡まったムチを切断した。
「ワールワルズ殿大丈夫ですか」
ドウンがワールワルズの頬を叩きながら言った。
ワールワルズは顔から涙と鼻水と涎を垂らして尻餅を付いた姿勢のままで荒い息をしていた。
「団長、超アンダーじゃん。ゲシシシシ」
人面犬が笑いを浮かべていた。
「上空に侵入した未確認飛行物体はどうなるのだワールワルズ団長」
アッパカパー伯爵は言った。
ワールワルズは荒い息をして、手で待ってをしながら、咳き込んで携帯電話をかけた。そして人面犬の口に付けた。
「はぁい。俺様。パチ公だよ。団長は事故で今喋れないから俺様が命令を出すよ。ニーナ八号。アッパカパー要塞の上空に未確認飛行物体が飛んでいるから、サルマンティス飛行隊を飛ばして撃ち落としてくれ」
人面犬は命令を出していた。
ニーナとは、ワールワルズが作ったという人造人間の少女達の事だった。額に番号が振ってあり。全く同じ整った顔と均整のとれた手足の長い体格をして同じ銀色の燕尾服を着てワールワルズが作った怪物達を操っていた。
「何?この巨大なカマキリにサルの頭が付いている生き物は?気色悪いというか何て言うか。こんな物、寝覚めに見るようなものじゃ無いわよ」
リッカがラップトップに解析画像が映し出されたサルの頭が付いた空飛ぶ、カマキリ達を見ながら文句を言った。
「おそらく「二重の螺旋」学派が作るクリーチャーだ。昔、もっとバカな怪物と戦った事がある」
ソークスは言った。
あの時は酷かった。巨大な胸の上半身は女の姿をした怪物で、胸から強酸を飛ばして、腕の代わりにタコの触手が片方に4本ずつ付いた酷いバケモノだった。その触手の吸盤には鋭い牙が生えていて、マウドが噛みつかれて酷い大怪我をした。他にも二重の螺旋学派は、様々な悪さを、する事で有名だった。ソークス達が解決した「取り替え領主」事件や
「人食いアメーバー事件」などで二重の螺旋学派の魔術師と戦ったのであった。
「ペロピン、「鋼鉄の歯車」学派の名誉に賭けて「二重の螺旋」学派のクリーチャーなんかに負けちゃダメよ。レーザー砲発射」
リッカはペロピンの操作を始めた。
兄のノアムに比べると上手いとは言えないが。的確に、サルとカマキリの怪物がペロピンのレーザー砲で仕留められていく光景がラップトップの三次元ディスプレイに映し出されていた。
「灼熱の翼は協定違反だな」
リート・ボンドネードはアッパカパー要塞の上空で始まった異形の怪物達の戦いを双眼鏡で見ていた。
「どうする。彼等を咎める?」
コーネリーが言った。
「いや、このままで良い。一、航空戦力同士の潰し合いは、こちらにとって好都合だ。二、奴等は先にアッパカパー要塞に、あのロボットで潜入させて、早い段階で傭兵団「屍」と戦って全滅して貰う。リッキーンは十分な働きをした。精霊使いのリッキーンは一度に五匹の「影の鳥」という精霊を操れる。精霊使い以外には精霊は見ることは出来ないし触れることも出来ない。攻撃を受けることだけが出来る。そして目や耳や鼻の代わりに使える事も一般人は知らない。三、キャンディ・ボーイズとカーマイン団の侵攻ルートは第三十八番トンネルと四十二番トンネルだと判明した」
「そして、どうするの」
「この情報を、これからアッパカパー要塞に流す。そして、この二パーティは処刑されるか、捕縛されるかで脱落する事になる」
作品名:情熱のアッパカパー要塞 作家名:針屋忠道