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ベイクド・ワールド (下)

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「君は真実を知ることを恐れ、逃げ続けている。君自身が絶対的な存在と信じ込んでいる徹のことをことさらに恐れ、彼と関わることを拒否し続け、絶えず逃げ回わっているんだ。第三者の僕に、それが正しいのか、正しくないのか、それを断言する権利はないけれど。徹の親友としては、彼のことをもっと知ってほしいと思うのは確かだ。少なくとも、この物語、この世界は徹と君の問題によるものといっても過言ではない。ただ、僕からこれ以上、君に伝えることはできない。それは徹との約束でもあるから。これは、君の決意のための物語だ。徹の手紙、そのなかに君が知るべき真実の一片が書かれている。彼の死を無駄にしないためにも、そして君自身の問題の解決のためにも、それを読むべきだ。もう一度言おう。君は、君の兄の真実を知るべきだ」
 気づけば、僕の瞳からは涙があふれ出てきて、視界は海の底のように沈んだ。僕が沙希とともに、この不思議な世界に翻弄されてきたことも、藤峰さんがこの世界の存在を知っていることも、真琴がこの世界に引きずりこまれ、そして死んだことも、そのすべての因果が徹と僕の問題だというのか。まさか。僕は混乱せずにはいられなかった。
 ただ、僕は思ったのだ。この物語を終わらせなければ、きっと僕は僕から絶対的に失われてしまうだろう、と。僕は僕を繋ぎとめるために、やるべきことはただ一つだった。僕はそのやるべきことを、やらなければならないのだ、きっと。

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〜深瀬徹の手紙4〜
 亜季、俺の気持ちを理解してくれてありがとう。ただ、これから語ることは不確定なことが多くて、これが正しいかどうかは断言できない。ただ、現状をありのままに書きたいと思う。
 十七歳のとき、俺はある小説を書いていた。徐々に黒い心臓の男に近づいていくことに恐れを感じていた俺は小説のなかに救いを求めた。その小説は俺が理想とする世界を描いたものだ。舞台は実在する俺が暮らす街、静岡市葵区。俺は黒い心臓の男の恐怖を忘れるために、その男を世界に存在する思惟の集合体であると仮定した。この街は人の抱える思惟が統合されていくことにより、黒い心臓の男の存在が肥大化していく。街には思惟を回収し、それを解体する装置が存在すると仮定した。黒い心臓の男の部屋に続く駅地下街の扉の向こうには思惟を保管する倉庫が存在し、その倉庫で思惟は解体されるという設定だ。これにより黒い心臓の男の脅威を回避できるシステムを、俺は小説という架空の世界に創り上げた。そして、その物語に登場する人物はデジクという名の青年で、俺自身をモデルとしている。
 この行為はある種の現実逃避だったが、俺はそうでもしなければ心の平穏を保つことができなかった。ある日、俺は現実の世界であの男がいるはずの地下街の扉に向かった。時刻は深夜。人は誰もいなかった。俺はその扉に手をかけた。すると、驚くことに扉が開いた。あの時、幼き俺が扉を開けたときとまったく同じ感触だ。しかし扉の先に階段はなかった。そこには広い倉庫があった。そうだ、俺が想像した倉庫とまったく同じだ。俺は歓喜した。小説という架空の世界に設定した黒い心臓の男の存在を忘れるための世界システムが現実の世界に適用されていたのだから。俺の想像力が現実世界に具象化されたんだ。ふいに、俺を呼びかける声が聞こえた。振り向くと、そこには初老の男が突っ立っていた。俺はその男を知っていた。なぜならその男も俺の小説のなかの登場人物だったから。俺の想像どおり、彼の姿は具象化されていた。彼は倉庫の管理人だ。世界に散らばる思惟の回収、解体を行うために必要な人物として俺が想像し、創り上げた。
 俺は彼の名前を呼んでみた。カサイ、と。初老の男は目をまんまるにして「なんで、俺の名前を知ってるんだ」と言った。「俺は何でも知っているさ。君の今までの人生についても言い当てることができる。経営していた印刷会社は倒産し、君はホームレスとなり、それから思惟の回収、解体を目的とした倉庫の管理人になったことも」カサイはさらに目をまんまるにした。「あんたはいったいナニモンだ?」と言った。「俺は君の想像者だ」と俺は言った。俺がこの世界を創り出した存在であることを、カサイにすべて伝えた。
 ようやく、俺は黒い心臓の男の恐怖から抜け出すことが可能になるかと思えた。しかしこの創り出された世界は次第に俺の想像力から逸脱していくことになる。俺の想像力の範囲を超え、制御不能に陥った。俺が想像した物や、人物にエラーが発生するようになった。俺はそれらを破壊する必要があった。この破壊には、俺の友人であるThe Baked Worldの藤峰たちも巻き込んでしまった。俺は彼らをモデルとした人物を自身の小説に登場させていたんだ。それゆえ、彼らにも多大な影響を与えてしまった。自分で創り出した理想とする世界は暴走し、思惟の回収、解体を行う倉庫も機能を失い、俺の物語は崩壊した。そのような意図しない現実を復元するための方法はひとつしか思いつかなかった。つまり、すべての起源となった“想像者の死”だ。
 俺の死が暴走した想像世界を解体し、元ある世界に復元できる唯一の方法であると、俺は考えた。そして、俺は死ぬことを決意したんだ。ただ、俺の死後、世界が正常に機能しているか俺には確かめる方法がない。そこで俺は君に頼みたい。もし、今の世界が正常に機能しているのならば、俺の言っていることは狂言だと思ってくれていい。しかし、もし世界に奇妙な出来事が起きているのだとすれば、俺の想像した世界が引き続き、機能し続けている可能性がある。その場合、君にこの世界を終わらせてほしい。自分勝手な願いであることは承知の上で君に頼みたい。もし俺の世界の一片が存在していることが明らかであれば、カサイが管理している倉庫の扉の奥に向かってくれ。そして、すべての起源となった黒い心臓の男のいる部屋に行くんだ。
 おそらく、カサイは俺が死んでもなお倉庫の管理人をしているはずだ。ただし注意して欲しい。彼は信用のできる男ではあるが、時間の経過とともに2つのカサイに分裂していると思われる。彼の言うことを全て信じてはいけない。彼の言葉の奥深くにある本当の意味を考えるんだ。十分に注意してほしい。
 
 俺から伝えるべきことは以上だ。この手紙で、俺という存在をありのままに伝えられたんじゃないかと思う。最後に、玲はきっと俺の死を深く悲しむと思う、きっと立ち直れないほどに。玲が俺のことを慕ってくれていたことは強く感じていたし、彼女はとても優しい子だから。彼女はきっとマトリョーシカのようになってしまうだろう。そうなったとき――君にはいつだったか伝えたことがあったと思うけれど――彼女を助けてあげて欲しいんだ。それは君にしかできないことだ。俺にはもうできない。彼女が我儘を言っても、絶えず優しくしてあげて欲しいんだ。君は俺にとって“誇らしい弟”だ。よろしく頼むよ。

 深瀬徹

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