小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ベイクド・ワールド (下)

INDEX|22ページ/36ページ|

次のページ前のページ
 

 沙希の布団の上にも無数の硝子の破片が降りかかっていた。僕は硝子を踏まないように玄関に向かい、箒と塵取りを手にとって、部屋に戻った。それから、硝子の破片を塵取りに集め、ごみ箱に捨てた。あらかたの破片を片付けてから、沙希に声をかけ、硝子の破片が落ちないように掛布団を慎重に剥がし取った。
「ありがとう」と沙希は言った。聴覚は少しずつ回復してきた。外は、おそらく隣人や近所の人たちだろう、何やら大声をあげて騒々しかった。
「外を確認しに行こうか」と僕は声をかけ、沙希は静かに頷いた。
 外に出ると、すぐ近くに白煙が宙に舞い上がっているのが目に映った。その方向は北街道の市民会館通商店街の真上のように見えた。僕たちは急いでそこに向かうことにした。

 それは、まさに、惨憺たる光景だった。商店街にある建物の壁、屋根なにもかも吹き飛んでいて、鉄骨だけが残っている状態になっていた。まるで空襲を受けたかのような有様だ。道路を隔てた反対側の建物も爆風の影響なのか、窓硝子がすべて割れており、吹き飛んできたのであろう壁や屋根の破片が突き刺さっていたりした。付近には、その光景を見て、呆然と立ち尽くす人や、何やら大声で叫んでいる人、泣きじゃくる子供たち、そして子供たちを慰める大人たちが見えた。
「一体、何が起こったというんだ」と僕は呟いた。
「もしかして、これが思惟の暴発?」と沙希は言った。
「ああ。もしかしたらそうかもしれない。1980年の時と同じ、思惟の暴発が引き起こされたのかもしれない」
「亜季、どうする?」
「カサイだ」と僕は言った。「カサイに会いに行くしかない。彼に報告しよう。今すぐ」
「うん、そうね。それしかないわね」と沙希は頷いた。
 救急車や消防車がこちらに向かってくる音が聞こえた。この爆発で犠牲になった人は恐らく相当数いるだろう。しかし、僕たちには彼らを助ける余裕はなかった。僕と沙希は静岡駅地下のカサイのいる場所に急いで向かうことにした。

 カサイは寸分たがわない場所に一人突っ立っていた。つまり、思惟の倉庫の扉の真ん前だ。ポークパイハットを被り、相変わらず退屈な表情を浮かべながら、そこにいた。
「よお、来たか」とカサイは言った。「やべえことになっちまったな」
「知っていたのか?」と僕は言った。「商店街で爆発が起きた。あれは思惟の暴発と関係あるのか?」
「んなもん、あるに決まってんだろ。やべえよ。早く鍵を取りにいかねえといけねえ。あんたらには、ムシカと一緒に思惟を壊してもらったが、どうやら足らなかったようだ。いや、足りないってわけじゃなくてよ、急激に思惟が増えたんだ。それで、一時的な思惟の暴発が商店街で起きちまった。これ以上溜まるとさらにひどいことが起きる」
「どうすればいい?」
「盗まれた鍵の在処だが、こいつが分かったかもしれない。思惟の情報を探ってみたんだ。新しい鍵の完成を待つよりも、こいつを探しに行くのが早いかもしれない。だが、俺は倉庫の管理をする必要があるから、動くことができない」
「どこにあるんだ。僕たちが取りに行っても構わない」
「ほんとか!? そいつは助かるぜ。マンホール地下の下水道の奥深くにあるようだ。そこに取りに行く必要がある」
「どうしてそんなところにあるんだ」
「そんなのは俺も聞きてえよ! 思惟たちの情報を読み解くと、そこに隠されている可能性が高いんだ」
「仕方がない。マンホールはどこにある?」
「呉服町通りの裏路地にある、排水設備施設のマンホールだ。そこから侵入して、梯子で下に下りていく。進んだ先を右に曲がり、そこをひたすらまっすぐ進む。そうすると開けた空間に出るらしいんだが、そこに鍵があるらしい」
「分かった。行くしかないだろう」
「ありがてえ。頼んだぜ。それが手に入れば、これ以上の暴発は止められるはずだ」カサイはそう言って、おもむろにアタッシュケースを開き、T字型の金属製の器具のようなものを取り出した。「これはマンホールを開けるための鍵、マンホールキーと呼ばれるものだ。マンホールの端っこに穴があるはずだから、このマンホールキーの先っぽをひっかけて開けるんだ。分かったか。それから、これはその排水設備施設に入るための鍵だ。それと、下水道のなかは暗いだろうから、懐中電灯も2つくれてやる。ほらよ。よろしく頼むぜ」
 僕は深いため息を吐いてから、懐中電灯とマンホールキーと設備の鍵を受け取った。一体この世界にはどれだけの鍵と鍵穴が存在するのだろう。僕と沙希はカサイから設備の詳細な場所を聞いた後、グーグルマップを頼りにそこに向かうことにした。
 
 排水設備施設はマンホールの消失が起こった呉服町通り近くの裏路地にあるということだった。その裏路地は静岡パルコと静岡市立美術館の狭間にあった。二人が並んで歩くのがやっとくらいの細さの路地だ。路地を見渡すと、さまざまなものが入り乱れている。錆ついた自転車、シガレットの吸い殻、吐き捨てられたチューイングガム、割られた電気看板、雑然とした光景だ。これらの所有者だった者たちは、捨てられたこれらについてどんな思いを持つのだろう。これらは既に忘れ去られた存在なのだろうか。そんなとりとめもないことを思いながら歩いていると、左手に金網に囲まれた小屋のようなものが目に映った。金網の扉があり、そこには鍵がかけられていた。僕はカサイからもらった鍵を差し込み、回転させた。鍵は開き、僕と沙希は中に入った。そうすると、さらに小屋に入るための鉄の扉があった。そこにも鍵がかかっている。僕はさきほどの鍵を鍵穴に差した。そうすると、ぴったりと合い、回転させるとかちりと心地よい音がした。僕たちはさらにその中に入った。部屋のなかは真っ暗だった。スマホを取り出し、ライトを点灯させると、電気スイッチのようなものがあったのでそれを試しに押してみる。そうすると、上方に設置されていた蛍光灯が、かち、かちという音を立てながら点灯した。部屋のなかの周囲には排水関係の機械なのか、多数のボタンとメーターを備えた機器類が配置されていた。そして部屋の中央の床に鉛色をした無機質な円形のマンホールが設置されていた。
「どうやら、このマンホールのようね」と沙希は言った。
「うん、ここから侵入すればいいようだ。沙希、マンホールキーをくれる?」