窓のむこうは 続・神末家綺談7
「おまえは告発の代理人に過ぎない。母親と男を裁くのは彼女の役目だ」
びん、と体中に響くような声だった。まるでその声自体に力があるかのような、人間離れした存在感。
「それをわかれ。さっきから少女が、おまえの腕を一生懸命に引っ張ってる。とめようとしている。おまえ、もう一度その子を苦しめるつもりなのか?母親と同じように?彼女にはもう、おまえしかいないのに?裏切るのか?」
その言葉に、体中から力が抜けた。膝が抜けて、雪也は廊下にへたり込む。金属バットが音をたてて転がる。
「おまえが許せないのは・・・自分自身なんだ。違うか?」
「っ・・・」
リノリウムの床に手をついて、雪也は声を詰まらせた。
「助けてやれたかもしれないのに・・・俺には、死んだ後に思いを叶えることしか・・・できないのか・・・」
夜のエレベーターで、少女と雪也は邂逅していた。伊吹に言われたけれど、雪也には思い出せない。あの夜に彼女の心はもう、あの最悪の結末に向けて動き出していたのに。どうして救ってやれなかったのだろう。どうして生かしてやれなかったのだろう。
「それはおまえのせいじゃない」
瑞の声は、先ほどの厳しさを消して、諭すような柔らかな口調へと変化していた。
「おまえは託された思いを見つけた。凍えそうな孤独な夜に、あの子の心をちゃんと温めた。それでいいんだ。少なくとも彼女は・・・それですごく満足してるぞ」
傍らに視線をやっても、雪也には少女を見ることはできない。
「・・・戻らない時間の出来事を嘆くのではなく、未来を変えるために雪也は選ばれたんだ」
差し出された手を握って立ち上がる。温度を感じさせない瑞の手のひらは、それでも確かに雪也を慰めるように優しい。
「警察にあの封筒を提出する。それでその子も、おまえも、ちゃんと救われる」
作品名:窓のむこうは 続・神末家綺談7 作家名:ひなた眞白