ねがいがかなうまで
「おまえは優しいな。優しくて、強い。穂積の優しさとは少し違うけど・・・」
目が合う。笑っている。優しい笑顔だった。憎しみも悲しみも、そこにはない。それが伊吹にはわかる。
「願いが叶えば、もう伊吹とこうして過ごすこともできない。だから、あと少しだけ・・・」
同じ季節を過ごしてみたい。瑞はそう言った。
「わがままかな」
「っ・・・そんなこと、ないっ・・・」
「過ごす季節が伸びれば伸びるほど、つらくなるのはおまえなのに。すまない」
伊吹はかぶりを振る。涙を乱暴に拭き去って、瑞に向き直る。いま伝えなければ。泣いている場合ではない。
「いいんだ、瑞。つらいのは、もういいんだよ。つらいことや悲しいことは、もうたくさんだ。そんなの我慢できるよ俺は。だって寂しさも悲しさも、一緒にいる嬉しさとか、過ごす時間の大切さに比べたら・・・っ、何でもないことなんだよ・・・!」
感情は堰を切ったように溢れ出す。一気にまくしたてる伊吹の手を、瑞が握った。励ますように。
「・・・瑞の傷だらけの身体をさすりながら、思ったんだよ。自分にできることがあるのなら、命だって差し出すのにって。無力な自分が悔しかった。これまで何も知らずに無邪気に生きていた自分が許せなかった・・・」
「・・・うん」
「だから、もう二度と、おまえに、あんな思い、させない・・・そばにいて俺が守るから・・・」
ショルダーバッグから、あの櫛を取り出して瑞に差し出す。瑞は少し面食らったようだったが、これが何かを思い出したのか、静かに瞠目した。
「・・・この櫛を、俺が持っていてもいい?」
尋ねた伊吹に、瑞は一言だけ答えた。
「頼む」
いいよ、ではなく、頼む、と言った。それで伊吹はすべてを悟る。託されたのだと。願いと、そして未来を。震える手で櫛を握り、何度も頷いた。