月に吼えるもの 神末家綺談6
みずはめの、絹のような手が、少年の乾いた手をとった。それだけでもう、渇きや痛み、孤独が癒えていくのだった。
「・・・兄様、ご存知でしょうか。近々父上が、都で雨乞いをすると申しておるのです」
「都で・・・?」
「都は、もうずっと雨が降っておらずとのこと。人々は渇き、大勢のものが苦しんでおるとか。帝(みかど)からの勅命なのだと」
「・・・そうか、」
帝の寵愛を受ける絶好の機会だと、父は考えているのだろう。都で雨を降らせることが出来れば、一族は朝廷と帝の加護をうけ、ますます繁栄するはずだ。
「・・・みずはめは、恐ろしゅうございます。また兄様が苦しむことになるのかと思うと・・・」
「苦しいことなどあるものか。それはおまえも同じであろう」
「兄様・・・」
向こうの通りから、みずはめを呼ぶ女官の声が聞こえてくる。
「さあ、おいき」
「兄様、離れていても、みずはめは兄様のことをいつも思っておりまする」
少年の痩せた身体をぎゅうっと抱きしめる妹。小さな身体を引き寄せて、少年はそのぬくもりを静かに受け止める。温かい。生きていてもいいのだと、彼女が言ってくれている気がした。それだけで十分だ。このぬくもりが、同じ空の下で息をしているのだと思うだけで、どんなつらいことでも乗り越えられる、少年は心から思うのだった。
「・・・さあ、お行き」
とんと肩を叩いてやると、涙をためた目で少年を見つめる妹。名残惜しそうに離れる二つの手。みずはめは長い髪を翻して走り去った。
「さだめの子よ、にしのそらがもえておるのがみえる」
作品名:月に吼えるもの 神末家綺談6 作家名:ひなた眞白