月に吼えるもの 神末家綺談6
「つらかったろう、痛かったろう・・・」
飢えと渇き。裏切り。この魂が深く傷ついてきたことを、伊吹は本当の意味でようやく理解したのだ。
脳裏に蘇る。瑞の笑顔や、手のひらの温かさ。あの不器用な優しさを思うと、嗚咽が零れた。どういう思いでいたのだろう。どういう思いで、伊吹を愛してくれたのだろう。
「・・・ひどい、」
よくよく見えれば、獣の身体にはたくさんの傷が見える。切られた傷や、皮膚がめくれあがっているところもある。いたるところに矢が刺さっていた。
「・・・瑞、」
前足の傷に触れると、真っ黒な血が伊吹の手を汚した。
「ここが痛むのか・・・?」
獣は伊吹の言葉を理解するかのように、鳴くのをやめて座り込んだ。なんとかしてくれ、とでも言うように、鼻先で前足を何度もこする。肉がえぐれて骨が見えている。どうしてやることもできない。衛士や射士にやられたのだろうか。
「・・・呪術も」
大きな足だが、身体の割には細く、狐に似ていた。それでも伊吹の胴回りほどもあるのだが。その足首あたりに、文字が刻まれているのがわかる。これは呪術だ。足枷をするように動きを封じられたのかもしれない。都を焼き尽くす獣は、ありとあらゆる手段で痛めつけられたのだろう。そして最期は、妹に・・・。
作品名:月に吼えるもの 神末家綺談6 作家名:ひなた眞白