月に吼えるもの 神末家綺談6
代々長女が巫女となり、雨乞いを行う。舞を踊り、歌を歌い、天に祈りを捧げて神の慈悲を降らせる。この世で尊い職とされ、崇められ、大切に育てられるのだ。
少年もまた、雨を降らすための役目を担っていた。雨師の一族の長男は、巫女の祈りを天に届けるために存在する。雨の降らない危機を天に訴えるため、雨乞いの間、飲まず食わずで祈りを捧げるのだ。長ければ一月近く、水一滴さえ与えられずに祈り続けるお役目だ。そのため、雨師の長男は総じて短命である。少年もまた今年18になろうかというのに、身体は痩せ細り、頬はこけていた。過酷なお役目なのだ。
「おぬしは、あわれよのう、さだめの子。よつぎをうむいもうとは、やしきにすまい、うつくしいきものをきせられ、ひとびとのせんぼうをいっしんにあびておるというのに。おぬしはここで、ひとしれずひっそりとくらしておる」
嘲るような声色だったが、少年は気にならなかった。
「それが役目というものだ。わたしは妹が人々に必要とされ、尊ばれるためならば、どんなことでもしよう」
双子の兄妹であった、跡継ぎを生む妹は大切にされ、男児は贄として粗末に扱われる。少年は一つも苦ではなかった。雨が降れば妹はますます必要とされ、一生不自由なく暮らしていけるだろう。それでいいのだ。
「いもうとは、そうはおもっておらぬようだがのう」
それきり声が途絶え、緑の中に少年が一人残された。
「兄様(あにさま)」
木の上の声と入れ違うように、美しい声が聞こえた。少年が驚いて顔を上げると、畑の一角から少女が駆けてきた。
「みずはめ」
妹だった。粗末な着物を身に着けている。変装しているつもりであろうが、その美しさと、にじみ出る気品は隠しきれていない。少年は辺りを憚りながら少女に駆け寄る。
「みずはめ、ここへ来てはいけないと言ったであろう」
二人が会うことは禁じられている。同じ母から生まれた兄妹であっても、身分ははっきりと分けられているのだ。兄は所詮下賎の者、巫女であるみずはめが、おいそれと会いにくるなどあってはならないというのに。
作品名:月に吼えるもの 神末家綺談6 作家名:ひなた眞白