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女教師と男子生徒、許されざる愛の果てに~シークレットガーデン

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「先生、俺は純粋な日本人じゃないんだよ、母親はフィリピン人だから。お袋はフィリピンから出稼ぎに日本に来て、スナック勤めをしてた。そのときに親父とたまたま出逢って、囲い者になったんだ。そして俺が生まれた。先生もおかしいとは思っただろ、俺とお袋の名字が違うのは」
 母がホア・ティ・グエンなのに対し、彼の名は長瀬大翔だ。確かに母子で姓が違うのは少し妙だ。
 彼の話は続いた。彼の父は長瀬が生まれたときに認知して彼だけを実子として長瀬家の戸籍に入れた。その時、既に本妻には子どもができないということが判っていたからだという。
 しかし、彼の母は当然ながら、そのまま捨て置かれた。当然だ、父には十年以上連れ添った糟糠の妻がいた。その妻を離婚してまで外国人の愛人を迎えるつもりは父にはまったくなかった。
 彼の日本人離れした秀でた容貌は混血(ハーフ)だったからなのかもしれない。N電機の社長を虜にするほどなら、彼の母も美人に違いない。
「本妻にやられっ放しのお袋を見た時、俺は思ったよ。世の中には何て理不尽なことがあるんだって。俺もお袋も悪いことをしたわけじゃない。なのに、無抵抗で弱い俺たちをあの女は足蹴にした。だから、大きくなったら、自分はそういう弱い人たちを助けて力になれる仕事に就きたい、そう思った」
 彼の声がかすかに震えた。少し小麦色がかった膚にひとすじの涙がつたうのを心優はその時確かに見た。
「でも、そのときはまだ良かったんだ。お袋は親父を愛していたし、親父もお袋をそれなりには大切にしていたから。ここからは恥さらしな話だけど」
 彼は断ってから、淡々と告げた。
 次第に父の脚が母から遠のいたこと、その淋しさから他の男と関係を持ち、それが父にバレて内縁関係を一方的に打ち切られたこと。
「その時、俺は中一で、本家に引き取られるはずだったんだけど、俺自身が物凄い抵抗して、無理にお袋と引き離すのなら、ビルから飛び降りてやるって言ったのさ。親父もそれには困って、結局、俺は今までどおりお袋と過ごすことになった」
 以来、養育費など彼に関する費用はすべて振り込みで支払われたが、彼の母に対する援助は一切なくなった。
「―だって、俺までいなくなったら、お袋があんまり可哀想だ」
 愛も我が子さえも失う母を彼は黙って見てはいられなかったのだろう。
 彼のまなざしは揺れていた。その瞳は不安と怒りに烈しく揺れ動く十七歳の少年の心をそのまま表している。
 心優はその時、彼を抱きしめて慰めたい衝動に駆られた。男女としてというのではなく、姉が弟に対するような気持ちのはずだった。だが、実際には、どうだったのだろう。その時、既に心優の心には許されざる想いが芽生えていたのかもしれない。
 だが、そんなことができるはずもない。ただの二十四歳の女と十七歳の男ならともかく、自分たちは教師と生徒、恋に落ちるのは許されない関係なのだから。
 心優が沈み込んだのを気遣ってか、長瀬はまた突如として話題を変えた。
「それよりも、先生、さっき俺に見惚れてただろう?」
「ええっ」
 心優は愕いて彼を見つめ返す。長瀬がしてやったりとばかりにほくそ笑んだ。
「俺が気づいてないと思う? ―ってか、バッチリ眼線が合ったんだから、嘘ついても無駄だぜ」
「その歳でそれだけ自信過剰だなんて、何か空恐ろしいわね。長瀬君は大人になったら、きっと大勢の女の人を泣かせることになるわよ」
 冗談にしてしまおうと、わざとふざけて言うのに、彼は怖いくらい真剣に返してきた。
「俺はそんな馬鹿はしない。親父のように大勢の女を泣かせるのは嫌だ。結局、親父は本妻も俺のお袋もずっと苦しめた。俺は子どもがいてもいなくても、一人の女を大切に守りたいんだ。だから、結婚も自分で相手を探して、ずっと愛し続けることのできる女とする」
 心優はそれでもまだ冗談に紛らわせようとした。
「自分がまだ子どもの癖に、長瀬君たら、ませてるのね」
 と、彼が叫ぶように言った。
「子ども子どもって、子ども扱いするな。大体、先生はまだ二十四だろ、俺とは七つしか違わないんだ。俺が十八になったら、結婚だって、できる。先生、俺を生徒じゃなくて一人の男として見てくれよ、頼むから、子ども扱いしないでくれ」
「長瀬君、あなた、何を言って―」
 この時、心優は動揺していた。それは彼が予期せぬことを口走ったからだけではない。彼の言葉がそのまま彼女自身の心の奥底に芽生え始めた許されない想いを言い当てるようでもあったからだ。
 だからこそ、心優は必死になって、その想いから眼を背けようとし、更に別のことを言ってしまった。それが二人の哀しいすれ違いの元になるとはその時、思いもせずに。
「長瀬君、そんなことよりも、家庭訪問の話をしましょう」
 もう一学期が始まって一ヶ月半になろうとしている。四月中に三組の家庭訪問は終わったが、長瀬の家だけはまだだった。それはひとえに長瀬自身が家庭訪問を拒んでいたからだ。
「だから、俺ん家(ち)は来ないで良いって言ってるだろ。何度言わせたら気が済むんだ」
「なら、せめてお母さんに学校に来て頂くことはできないかしら」
 これも既に何度も出した妥協案だった。だが、長瀬はこれも拒絶している。
「お袋は日本暮らしが長くても、いまだに片言くらいしか喋れないし、発音もたどたどしいんだ。それに、夜の仕事だから、昼間は寝てる」
 その一点張りで話は少しも進んでいない。
「でも、そういうわけにはいかないでしょう」
「煩せぇな。先生も本井と同じだ。うざい」
 家庭訪問の話になると、長瀬は人が変わったように頑なになってしまう。これでは膠着状態で、どうにもならなかった。今日、長瀬の弁護士になりたいという気持ちを聞いたからには尚更、彼の母親に逢う必要があった。彼を大学に行かせるためには、もっと授業に出るように彼の母からも説得して貰いたいと考えたのだが。
 今の彼の成績では私立の法学部を狙える可能性は十分ある。だが、推薦入試にせよ一般入試にせよ、今は内申書が合否を決める鍵となる。恐らく家かどこかではそれなりに勉強はしているのだろう。さもなければ、進学校といわれるR高校でこれだけの成績は維持できない。
 が、学校が嫌いだというだけあって、学校を欠席はしていないものの、サボる授業の方が多く、まともに課題は出していない。これでは内申書が最悪のものになる。そのところを心優は長瀬に改善して貰いたかった。
「うざいよ、先生」
 長瀬はもう一度吐き捨てるように言い残し、火を付けた煙草をくわえ、去っていった。
―うざいよ、先生。
 ?うざい?のひと言が心優の心に重くのしかかった。溢れそうになった涙をまたたきで散らし、心優は空を振り仰いだ。
 既に五月半ばの空は西の方から宵の菫色に染まり始めている。随分と長瀬と話し込んでいたようだが、彼と一緒にいると時間の経つのも忘れてしまう。
―嫌なことがあったり、むしゃくしゃして爆発しそうになったら、ここに来るんだよ。
 たった十七年の生涯で、彼が背負ったものはあまりに多すぎた。
 本妻の彼ら母子に対する迫害。更に父と母の不和。優しい彼は母親の苦しみや哀しみまでもその背に背負い続けてきたのだろう。