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女教師と男子生徒、許されざる愛の果てに~シークレットガーデン

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 すると、同僚の女教師は怪訝な顔で心優と長瀬を代わる代わるに見た。
「気分が悪いのに、何故、生徒と二人きりで女子トイレにいるんですか?」
「それは―」
 何か怪しまれないような言い訳をと考えている先に、長瀬がぶっきらぼうに言った。
「良いじゃないか、先生がそう言ってるんだから。前橋先生が教室の前で気分悪そうにしてたから、心配で俺がここまで付いてきただけ、それで良いだろ」
 長瀬が心優を庇ったことが余計に同僚の不信感を煽ってしまったのは明白だ。三十代半ばのその英語教師は今度は不信感だけでなく嫌悪感も露わに何も言わずに去っていった。
「とにかく、先生は早く五組に行った方が良いぞ」
「長瀬君も早く授業に戻らなきゃ駄目よ。私のために、あなたまで巻き込んで、ごめんなさい」
「俺は良いよ、どうせ数学の本井のかったるい授業だからさ。元からサボるつもりだったんだし」
 長瀬はまだ何か言おうとする心優にひらひらと手を振って、急ぎ足で離れていった。 

 もつれ合う心

 その数日後。心優は最後の授業を終え、三階の教師控え室で明日の授業に使う参考プリントの原稿を纏めてから、職員室に向かった。最後は四組だったので、担任の三組の前を必然的に通ることになる。
 教室の中は既に誰もいなかった。と思いきや、残っている生徒がいた。
 窓際の最後列の机に長瀬大翔が座っていた。長い両脚を狭苦しそうに折り曲げて、机にひろげたノートに向かっている。これまで見たこともないほど真剣な横顔を見せていた。
 オレンジ色の黄昏時の夕陽が窓から差し込み、彼の端正な顔を縁取っている。まるで青春映画のワンシーンとでも呼びたいような絵画的な一場面に、いつしか心優は見とれていた。
 どれくらいの間、そうしていたのだろう、ふと顔を上げて煩げに長い前髪をかき上げた彼と眼が合った。刹那、心優は真っ赤になった。恐らく、耳まで紅くなっていたのではないだろうか。悪戯を見つけられた子どものように、心優はその場を後にした。
 駆け足で一階まで降りて校長室の前を通り掛かった時、折しも中から出てきた校長と出くわし、慌てて頭を下げた。
「ああ、君。確か前橋君だったかね?」
 呼び止められ、心優は頷いた。
「はい」
「丁度良かった、近い中には話をしなければならないと思っていたところだ。ちょっと良いかな?」
「あ、はい」
 逆戻りした校長に続いて校長室に入る。
 校長は五十代半ばほどの、頭の禿げ上がった人である。中肉中背、特に印象に残るようなタイプではない。校長は大きく背後を切りとったガラス窓を背にしてデスクに座った。
「まあ、何と切り出して良いものやら、だが」
 と、スーツの胸ポケットからくしゃくしゃの白いハンカチを出した。禿げ上がった頭に滲んだ汗を忙しなく拭き、また、ハンカチを突っ込む。
「まあ、こういう話は率直に言った方が早いだろうからね。前橋君、君はそのう何だね、担任の教え子とまあ何というか、特別な関係になっておるのかな」
 刹那、心優は脳天を何かで打たれたような気がした。数日前、職員用の女子トイレで長瀬と二人きりでいた時、踏み込んできたあの同僚の女教師の顔が浮かぶ。
「いいえ、そんな話は間違ってもありません」
 即座に否定し、校長を食い入るように見つめた。
「一体、誰がそんなことを?」
 校長はつと視線を逸らした。
「まあ、君自身が憶えがないというのなら、それで良い。君の前任校での勤務ぶりも聞いてみたが、真面目で生徒たちはもちろん、同僚の教師たちの受けも良い。前の校長は前橋君に限って、そんなことはあり得ないと君の人柄については保証した。男子生徒と特に問題を起こしたということもないようだから、今回は私も何も聞かなかったことにする。だがね、前橋君。人の口に戸は立てられんし、教師たる者はいつ誰に見られても疚しくない行いをしなければならん。それだけは君も心得ておいてくれたまえ」
「―はい」
 頷いて一礼して校長室を出るも、心優の心は悔しさで一杯だった。あの英語教師の村田君子が校長に告げたのは間違いない。もっとも、校長の言うように、教師はいつ誰に見られても疚しくない行動を取るべきだ。その点で、心優は取り返しのつかない失態を犯した。
 確かに職員用の女子トイレに男子生徒と二人きりでいるところを見られたのはまずかった。あの場合、青田が去った時点ですぐに廊下へ出るべきだった。自分の配慮が足りなかったのだ。
 職員室に戻る気は失せていた。戻ったところで、あの村田の顔を見なければならない。今は到底、彼女と顔を合わせる気にはなれなかった。村田君子はもう六年も前からR高校に勤務している。歳も三十五歳と心優よりは十以上も年上だ。迂闊に楯突くわけにはゆかない。
 村田は二十代後半で結婚し、会社員の夫と二人暮らしだという。子どもはいないと聞いていた。こんなことを言いたくはないけれど、狐のようにつり上がった細い目は銀縁の目がねともあいまって、きつい印象を与える。R高校の教職員は男性が六割、女性が四割と男性の方が若干多いせいか、女性教諭たちは皆、世代を超えて仲が良く、結束力も固い。そんな中で村田だけがいつも口数も少なく、孤立している感じだ。
 心優は心の中にあるもやもやしたものを吹き飛ばすかのように、勢いよく首を振った。
 私は疚しいことなど何一つないのだから、毅然としていれば良い。配慮が足りず誤解を招くような事態にしてしまったのは他ならない自分だが、現実として恥じ入ることは何もなかったのだ。今は凜として前を向いていれば良いではないか。
 こそこそとうつむいて歩いていては、余計に他人に要らざる疑念を抱かれるというものだ。
 心優は脚の向くままに屋上に行った。手で押すと、年代物の鉄扉は軋みながら開いた。
 意外なことに、そこには先客がいた。ぐるりと周囲を囲ったコンクリートの柵に寄りかかるようにして、その人は空を見上げていた。煙草を吸っているのか、白い煙がたなびいている。先ほどの校長の話もあったばかりだ。心優は用心するに越したことはないとそっと踵を返そうとした、その時。
 その人物が何かを察知したかのように振り向いた。
「誰が来たのかと思ったら、先生か」
 長瀬は屈託ない笑みで手を振った。
「私で悪かったわね」
 ここで引き返すのもかえって妙だと思い、心優は長瀬の方に歩いていった。
「まさか先客がいるとは思わなかったわよ」
 これは本音だ。と、長瀬は肩を竦めた。
「嫌なことがあったり、むしゃくしゃして爆発しそうになったら、ここに来るんだよ」
「そういえば、数学の本井先生が言われたわね。屋上は長瀬君専用の貸し切りだって。よく授業をサボッて、ここに来るの?」
 長瀬は毛虫でも踏みつけてしまったかのように綺麗な顔をしかめた。
「他の男の話は聞きたくないって言っただろう。それに、あんなスカした野郎が気になるのか? 俺は青田と同じくらい、本井は嫌いなんだ」
 心優はハッとした。そういえば、と今更ながらに思い出す。数学の本井基(はじめ)は二十九歳で、職員の中では心優と最も歳が近い。比較的中高年が多い中、二十代の若手は心優と本井だけなのだ。そのため、顔を合わせると話をすることも多い。