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女教師と男子生徒、許されざる愛の果てに~シークレットガーデン

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 少し立て付けの悪い引き戸を静かに閉め、ゆっくりと階段を降りてそのまま校舎を出る。グランドを歩いて校門まで来た時、心優はまた背後を振り返った。年代ものの鉄筋コンクリートの校舎が初冬の薄蒼い空を背景にその偉容をくっきりと見せている。
 心優は校舎に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
 ふと冷たいものが頬に触れ、心優は空を見上げた。鈍色の雲間から白い花びらがひらひらと舞い降りてくる。
「―雪」
 思わず呟いていた。今年初めての雪だ。と、向こうから大型バイクが勢いよく走ってくるのが見えた。見憶えのある赤色のバイクは心優の前で停まった。
 バイクに乗っていた若い男がヘルメットを外す。
「そろそろだと思って迎えにきた」
「嬉しい、ありがとう。何か今日が最後だと思ったら、泣けてきちゃって」
「心優は泣き虫だからな。寒いと思ったら、降ってきやがった。あ、お前は妊婦なんだから、あったかくしないと駄目だ」
 ふいに投げて寄越されたのは赤黒のチェックのマフラーだった。
「俺のだけど、使えよ。後はこれ」
 心優は差し出されたヘルメットを受け取った。
「おっと、大切なものを忘れてた」
 今日の彼は黒のアラン編みセーターに革ジャケット、ジーンズだ。長い脚が際立って、本物の芸能人よりもよほど様になっている。
 長瀬はジャケットのポケットから縦長の箱を取り出した。箱は黒で深紅のリボンがついている。
「なに?」
「退職祝い」
 心優はその場で箱を開けた。深い緑の雫型の石が三個繋がっているネックレスだ。石の大きさはそれぞれ微妙に違う。
「何かエタニティっていうらしい。宝石店の女の子が教えてくれたんだ。婚約記念にプレゼントするなら、こういうのが良いんだって。ええと何だったっけ。そうそう、三つの石が現在・過去・未来を表しているんだとさ。まだちゃんとプロポーズしてなかったから、心優、俺と結婚して。それから、三年間の教師生活、ご苦労さま。先生は辞めても、ずっと俺だけの女でいてくれよな」
 初めて結ばれた日に彼に言われた言葉だ。
「―ありがとう、歓んでお受けします」
 過去も今も未来も、ずっと彼の側にいたい。心優はこの時、改めて彼への想いを自覚した。
「付けてみろよ」
 心優は頷いて、その場でネックレスを付けた。
「素敵、エメラルドね」
「今はまだこの程度しか買ってやれないけどな。いつか必ずもっと良いのを買ってやる」
「うん、愉しみにしてる」
「乗れよ」
 長瀬が顎をしゃくり、心優は頷いた。彼の愛車の後ろに跨り、ヘルメットを被る。
「おい、もっと俺の腰にしっかりと手を回せよ」
「嫌よ、人前でしがみつくなんて恥ずかしい」
 長瀬が愉快そうな声で言った。
「今更、恥ずかしがるような関係でもないだろうに」
「な、何を言ってるんだか」
「相変わらずの恥ずかしがりか。それで母親になるっていうんだから、愕きだね」
 ここまで来ると彼にからかわれているのは判っているが、心優の方も負けてはいない。
「それよりも、あんまり飛ばさないでね」
「おう、腹の子が愕いたら、困るからな」
 降り始めた今年最初の雪は止むどころか、ますます烈しさを増してきた。
 長瀬がエンジンをかけ、バイクが唸りを上げた。二人を乗せたバイクはすべるように走り始め、次第に烈しくなる雪が作り出す白い幕の向こうに吸い込まれるように消えた。


エピローグ〜永遠〜

 教会の鐘が鳴り響く中、私は純白のウェディングドレスを纏い、ゆっくりと歩く。デザインはデコルテを出したシンプルなものだけれど、アクセントとして部分的にあしらわれた蒼い薔薇がポイントだ。
 胸許と腰にたっぷりとしたレースがついており、レースには淡いブルーの薔薇の花が模様となって織り出されている。ブルーローズはそれぞれ蕾と開いたものが交互に並んでいるデザインだ。
 大きく開いた胸許にはブルーローズの大きなコサージュが一つ。スカートはふんわりと花の蕾のように可愛らしく膨らみ、純白のサテンとオーガンジーが重ねてある。
 六月の花嫁をずっと夢見ていた私だけれど、赤ちゃんが産まれる前に絶対に挙式をという彼の希望で、それは叶えられなかった。せめて花嫁が結婚式で蒼い色のものを何か一つ身につけると幸せになるという?サムシング・ブルー?のジンクスをと蒼い色の入ったドレスを選んだのだ。
 長い髪は結い上げて裾を引くベールにティアラを乗せた。傍らの彼はシルバーグレーのタキシードでいつにもまして格好良く決めている。タキシードの胸ポケットには私の持つブーケとお揃いの胡蝶蘭のブートニアが一輪挿してある。
 お腹はもうはち切れんばかりに大きくなって、歩くのも大変なほどになっている。それもそのはず、赤ちゃんはもう九ヶ月の終わりに入っており、来週にはいよいよ臨月だ。でも、彼が私の歩幅に合わせて歩いてくれるので、転ぶ心配はない。
 今日は彼の十八回目のバースデー、この日に私たちは結婚式を挙げると決めていた。私たちの頭上には、抜けるように明るい四月の空がひろがっている。私たちが教会で結婚の誓いを終えて出てくると、見憶えのある人たちの顔がその前で待ち受けていた。口笛が鳴り、どっと彼らがどよめいた。
 何と結婚式はサプライズが待っていた。元担任の二年三組の生徒たちが私と彼のためにわざわざ集まってきてくれていたのだ。四月の新学期を迎え、彼らも既に三年に進級している。クラスはそれぞれ違うが、この日に合わせて集まってくれたと後で聞いた。
「先生、綺麗だよ」
「長瀬、浮気なんかして、先生を泣かすんじゃねえ」
「ちっ、俺たちの中で既婚者になるのも親父になるのも第一号か。羨ましいねーっ。俺も彼女が欲しい」
 皆、好き好きなことを言っている。
 私は手にした胡蝶蘭のブーケを高く高く放り投げる。花嫁のブーケは何と青田君の腕にすっぽりと収まった。
「ええー、俺?」
 流石に青田君も照れくさそうだ。
「おいおい、青田、お前、嫁を貰うんじゃなくて、お前が行くのか?」
 周囲から冷やかされ、青田君は紅くなって抗議していた。。
「止せやい、気持ち悪い」
 もっとも、私たちの式に集まってくれたのは元三組の子たちと夫大翔の母だけだった。
 男の子ばかりが集まっているのだから、誰がブーケを受け取っても同じことだったのだ。
 九州の祖母はこの頃、とみに足腰が弱くなって、長旅は無理ということで、結局、式には出られなかった。大翔ともまた子どもが生まれてから、祖母には挨拶に行こうと話している。
 大翔は祝いに駆けつけてくれたかつてのクラスメートたちを嬉しげに眺めている。私と大翔は顔を見合わせた。お腹の赤ん坊もあまりの賑やかさに愕いたのか、ポンポンと勢いよく中からキックしている。
 私はすっかり大きくなったお腹をドレスの上からさすりながら大翔に話しかけた。
「これで家族になれたね」
「そうだな、俺とお前とチビ心優と三人」
 彼はお腹の子を早くから?チビ心優?と呼んでいる。そのせいかどうかは判らないけれど、胎児の性別は女の子だと医師からは告げられていた。