小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

女教師と男子生徒、許されざる愛の果てに~シークレットガーデン

INDEX|20ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 まったく寝耳に水の話だった。
―汚い手を使いやがって。
 父親は激怒していたが、手を回そうにも既に時は遅かったらしい。彼の父にすら動く暇を与えず、何者かが裏工作をして長瀬一人を悪者に仕立て上げていた。
 警察の調べでは、いつのまにか恐喝されていた後輩を助けたはずの長瀬自身が後輩たちを恐喝したことになっていた。彼の父親が息子が恐喝した(とされる)金額に上乗せして中等部の生徒たちの親に返したことで、とりあえず、この件が正式な事件として処理されるには至らなかった。
 それにしても、おかしな事件だった。R中学の生徒たちは二人ともに取り調べでは長瀬に脅迫されたと主張しており、H高校の生徒が逆に助けてくれようとしたのだと証言した。H高校の生徒たちも同様の発言をし、長瀬の言い分だけが違っている。これでは警察が長瀬が黒だと断定しても仕方がない。
 それが事件後、長瀬の退学が決まった途端、被害に遭ったR中の生徒たちは前言を覆し恐喝の事実を否定した。喧嘩はH高生と長瀬の単なる私情のもつれからくるもので、自分たちは一切関わりなく、恐喝はないと二人の中学生は口を揃えた。
 一見、長瀬の父親が金を積んだからのようにも思えるが、それにしても少し不自然だ。更にこのR中の生徒二人の兄たちは高等部の二年であり、本井の担任の生徒だ。
 すべてが予め仕組まれた巧妙な罠であることは明白だが、既に学園長から退学処分の通知が出たからには、どうしようもなかった。
 こうして、長瀬大翔はR学園高等部から姿を消した。

 月日は流れ、暑い夏が終わり、秋がやってきた。色づいた山々が澄んだ青空にくっきりと立ち上がる季節がめぐってきた頃、心優は自分の身体に新しい生命が宿ったのを知った。
 長瀬とは彼が退学後もずっと交際を続けていた。こう言っては身も蓋もないかもしれないけれど、彼がもうR高校の生徒でなくなった今、心優と彼の関係は禁じられるものではない。
 しかし、退学になった元教え子と元担任が恋人関係というのも外聞が良いものではなく、二人はひっそりと目立たないように逢瀬を重ねていた。
 十月の末日、心優は長瀬と二人で産婦人科を訪れた。そこは彼が暮らすアパートの近くの小さな個人病院だ。中年の優しげな医師と看護師が数人のアットホームな雰囲気のクリニックである。
 産婦人科は初めてなので随分と緊張している心優を彼はつまらない冗談を言ってはリラックスさせようと一生懸命だった。
 最初に簡単な問診があり、尿検査と内診の後、二人ともに診察室に再び呼ばれエコー検査、説明を受けた。
 医師から渡されたエコー写真には既に小さな小さな赤ちゃんがはっきりと写っていた。
「もう十三週に入っています。母子ともに順調ですので、このままいけば来年の五月には元気な赤ちゃんが生まれますよ」
 何と胎内の子どもは既に四ヶ月になっていた。悪阻らしいものもなく、ただ生理がないだけの状態が続いていたので、心優もまったく気づかなかったのだ。
「これが心臓です」
 妊娠初期は経膣といって、下半身からエコーを見るが、既に十三週なので、医師は経腹、つまりお腹の上から器具を当ててエコーを見た。
 心臓だと説明された一点は確かに力強いハートビートを刻んでいた。小さくても、もうちゃんと人の形をしている。
 十七歳で父親になった長瀬は小さな我が子の体内で動く心臓を見て男泣きに泣いていた。診察のときに改めて思ったのだが、確かに心優の腹部はよくよく見れば、もう少し膨らんでいた。
 帰り道、長瀬は真っ赤になった眼を気にしながらも心優をからかった。
「お前って、ホント、鈍感なんだな。妊娠しても子どもがこんなに大きくなるまで気づかなかったなんて、天然過ぎ」
「失礼ね。別に何も普段と変わらなかったんだから、仕方ないでしょ」
 産婦人科受診のきっかけは長瀬の母の勧めだった。彼の家に遊びにいった時、心優を見て彼の母がお腹が大きいと言い始めたのだ。
 それで後で二人きりになった時、彼の母から生理について問われ、心優が正直に応えると、彼の母はいつものように豪快に笑った。
―そりゃ、間違いない。あたしもいよいよおばあゃんになるんだねぇ。
 まるで自分が妊娠したように歓んでくれた。
「これ、貰って良いか?」
 長瀬は心優の承諾を得ると、医師から渡された超音波(エコー)写真を後生大切にパスケースにしまった。
 二人が並んで歩く側を三輪車に乗った三歳くらいの女の子が追い越してゆく。まだ若い母親が女の子に何か話しかけながら付いて歩いていった。
 長瀬は母子の姿を眼で追っていた。
「女の子かな、男の子かな。俺は最初は心優によく似た綺麗な女の子が良い」
 母子の姿が見えなくなると、彼は思案顔になった。
「来年の四月、俺が十八になったら、すぐ籍を入れよう。それなら何とか心優の出産までには間に合う」
「そんなに急がなくても良いのよ」
 心優が優しく言うと、彼は断固とした口調で言った。
「俺はたとえ一時たりとも、自分の子を私生児にはしたくない。俺のどうしようもない親父ですら、お袋が妊娠したと知ったときは生まれたらすぐに認知すると言ったそうだからな」
 長瀬はふいに空を仰いだ。心優もつられて空を見上げる。澄んだ湖のような空が町の上にひろがっていた。雀が数匹、群れをなして飛んでいくのが見えた。
「俺、大学はどうしようかな」
 彼は現在、通信制の高校で学んでいる。元々頭は良いので、順調に学習も進んでいるようだ。時々は心優も彼の勉強を見てあげてサポートしていた。
 現在はファミレスのウエイターとコンビニのレジ打ちのバイトを掛け持ちしている長瀬だ。学費は相変わらず定期的に彼名義の口座に父親から振り込まれてきているが、彼はそれは使わずに自分でできる限り学費を工面している。
「子どもが生まれるんなら、大学どころじゃないしな。ちゃんとした仕事について稼がなくちゃ」
 長瀬はいつになく真面目な顔で言った。その時、心優にある決意が生まれた。

 それから更にひと月を経た。北の地方都市にはそろそろ早い冬が訪れる時季になっていた。心優は今朝もいつもより早めに出勤し、職員室に荷物を置いてから、校長室に向かった。
 軽くノックをすると返事があったので、心優は静かに入室した。
「何だ、前橋君かね。最近は君のクラスの生徒たちも落ち着いているようで、何よりだ。やはり、問題児がいなくなって、クラスも落ち着いたんだろうな」
 誰がとは言わないが、その問題児というのが長瀬大翔であることは判りきっていた。
 心優はそれには頓着せず、両手に持っていた白い縦長の封筒をそっと校長の机に載せた。
「これは?」
 校長は万年筆の跡も鮮やかに?退職願?と記されたその封筒を見ながら訊ねた。心優は静かな声音で淡々と告げた。
「本日をもちまして、私事前橋心優は一身上の都合で退職させて頂きます」
 校長が探るような眼で見つめる。
「理由は何か聞いても良いのかな」
「結婚しますので」
 実に簡潔な返答に、校長はそれ以上何も踏み込んで訊ねようとはしなかった。