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女教師と男子生徒、許されざる愛の果てに~シークレットガーデン

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「私の母は男運のない人でね。高校を卒業して製紙会社で働いていたときに同じ工場の人と恋愛して結婚したのに、私がまだお腹にいるときに、父が亡くなってしまったの。それで、女手一つで私を育ててくれて、また私が小学校二年になった頃、出逢いがあって。子どもを育てるのは大変だったから、その頃、母は昼間は工場で、夜は居酒屋で働いてた。その居酒屋に通ってくる常連さんにプロポーズされて、結婚したわ。だけど、よくよく男運が悪いのか、その人が暴力をふるう人で、母はしょっちゅう殴られてはアザだらけになったの」
 結婚する前には男の方が隠していたのだ。母はそれでも耐えていたが、ある日、限界が来た。
 心優は震える声で告げた。
「義父が私を辱めようとしたの」
「何だって? 義理とはいえ、父親が自分の娘をレイプしたのか? でも、心優はバ―ジンだったぞ」
「途中で母が見つけて、大騒ぎになったから、それで助かったのよ」
 心優の瞳に涙が盛り上がった。
「今も思い出すと、怖くて叫び出しそうになるの。身体中をまさぐっていた異様に熱い手や胸を吸われたりしたときの吐き気のするような嫌悪感」
 彼の訴えかけるようなまなざしに、心優は儚く微笑んだ。
「それ以来、私は男の人に触れられることができなくなった。もちろん、まだ子どもだったから、その後も誰とも直接的にそういう行為に及ぶ必要はなかったわけだけど。男の人に少し触れられただけで、鳥肌が立つの」
 長瀬がポツリと言った。
「それで、青田が乱暴しようとした時、心優は異常に怯えて?お義父さん、止めて?と叫んだんだな」
 彼は深い息を吐いた。
「ごめんな。そんな話を聞いたら、俺は尚更、心優に酷い仕打ちをしたと思うよ。子どもの頃に義理の親父にレイプされかけて、今度は俺にまた」
 心優は彼に最後まで言わせなかった。
「違うの」
「何が違うんだ?」
 長瀬の瞳が応えを知りたがっている。
 心優は淡く微笑った。
「もし仮に私があなたを嫌いだったとしたら、やっぱり、鳥肌が立ったと思うわ。私が長瀬君を好きだから、何も拒絶反応が起こらなかったの。だから、あなたはそんな責任を感じる必要はない。本当に嫌な男だったら、私は自らの生命を絶ってでも拒んだと思うの。もう義父に良いようにされたときの子どもとは違うから。確かに無理強いという形ではあったけれど、私は最終的にあなたを受け容れたのは間違いない」
 今、心優は漸く悟った。自分の心の奥底にあるのは秘密の庭園だ。そして、その誰も知らない庭には忌まわしい義父に辱められた想い出がずっと封印されていた。
 けれど、今、好きな男に抱かれたことによって、過去の汚辱の記憶は浄められ、大好きな彼への想いとすり変わった。今、その庭を探しても、過去の哀しい記憶はなく、彼への溢れるような愛しさがあるだけ。
 心優は今日、彼に抱かれて幾度も達した。その彼に導かれて味わった官能の高みに達した瞬間、彼女が見たのは確かに花の咲き乱れる美しい庭園だった。そこには哀しみにくれて泣いている子どももおらず、花たちが美しく咲き誇り、小鳥が歌い、蝶が群れ飛んでいる。
「それから、どうしたの?」
 続きを促され、心の禁域をさすらっていた心優は現(うつつ)に引き戻された。
「それから母は私を九州の祖母に預け、二年後に離婚したの。母もすぐに私のところに来たんだけど、すっかり精神を病んでしまって。カウンセリングにも通ったりしてもあまり効果がなくて、結局、自殺したわ」
 ある朝、母は近くの海に自ら身を沈めた。何も語らず残さず、自らの生きた一切の痕跡を消したのだ。義父の暴力に母の脆い心は抗しきれなかった。
「そう、だったのか。何も知らなかった。俺は自分だけが苦労したと思い込んでいたけど、心優もたくさん辛い想いをしたんだな」
 長瀬が呟き、心優を抱き寄せた。心優は甘えるように彼に身を預けた。
「だから、あなたが弱い人を助けるために弁護士になりたいって言った時、余計にその夢を応援したいと思ったの。私も子どもだった頃、自分に力があったらと何度思ったかしれない。義父にぶたれる母を見る度、私がもっと強い大人で、弱い人を助けてあげられるような力があればと悔しかった。子どもの立場になって物を考えることのできる教師になりたいっていう夢もその頃に芽生えたんだと思う」
「心優は立派な先生だよ。本井は俺や俺のお袋を悪し様に言ったけど、心優は違った。最初から偏見じゃなくて、自分の眼でありのままの俺を見てくれた。だけど、俺は心優が教師じゃ嫌だ、どんなに素敵な先生でも、俺にとってだけは永遠に女であって欲しい」
「何か複雑な心境ね。好きな男(ひと)にそう言われるのは嬉しいけど、教師は私の一生の夢だったから―」
 まなざしとまなざしが絡み合う。眼と眼を合わせただけで、そこから熱が生まれ、火花が散りそうだ。二人は軽く啄むようなキスを始め、やがて重なり合うようにして床に倒れ込んでいった。
「ん、ぁあっ、あんっ」
 心優の艶めかしい喘ぎ声がひっきりなしに洩れ続ける。その後、二人は再び熱い激流に呑み込まれ、殆ど一日中、心優は彼のアパートで彼に抱かれて甘い喘ぎ声を上げ続けたのだった。 

 背後でドアが閉まり、心優は小さな息をついた。ちらりと振り返り、想いを振り切るように首を振り、歩き出す。
 結局、長瀬のアパートを出たのはもう陽が落ちてからのことで、空は既にすっかり暮れなずんでいた。パープルの絨毯をひろげ光り輝くビーズ刺繍を丹念に施していったような夜空は眺めていて飽きない。 
 少し歩いて空を見てはまた歩きと繰り返していたので、あまり進まない。本音はたった今別れたばかりの恋人から離れがたいのだとは自分でも判っていた。
 火照っているのは何も頬だけではない。彼に愛された身体そのものがうっすらと微熱を帯びている。両頬を手のひらでそっと押さえ、心優はゆっくりと歩き出した。
 熱を帯びた頬に少しひんやりとした夜風が心地良かった。曲がり角まで来たときのことだ。集合住宅を取り囲むコンクリート塀の向こうから、唐突にヌッと人影が現れた。あまりのことに、心優は小さな悲鳴を上げた。
 まるで溜まった闇が凝(こご)って人の形を取ったのではないかと思うほど、その影は禍々しく見えた。やがて、薄闇に慣れた瞳が映し出したのは背の高い男だった。
「前橋先生」
「本井先生、どうして―」
 心優は茫然として呟いた。愕きがあまりに大きすぎて、本井がどうして急にこんな場所に現れたのか考えることもできなかった。
 本井は心優の前まで歩いてきた。その瞳がわずかに眇められている。元々細い眼がいっそう細められ、酷薄な光さえ宿しているように見えた。
「どうして愚かなことをしたんですか?」
「私、何のことをおっしゃっているのか判りません」
 そのときは本当に判らなかった。が、すぐに心優の顔は蒼白になった。まさか? でも―。
 何故、土曜日で学校が休みの今日、しかもこんな時間に本井がここにいるのかの方がよほど解せない。その予感は考えたくもないものだったが、心優の中ではほぼ確信に近くなりつつあった。
 心優の予想を裏付けるかのように、本井はさらりと言った。
「あなたは汚い」