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女教師と男子生徒、許されざる愛の果てに~シークレットガーデン

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「私はR高校二年三組の担任で、前橋心優と申します。この度は私が至らないせいで大翔さんに大変なことをしてしまい、申し訳ありませんでした。お詫びして済むものではありませんが、どうかお許し下さい」
 もう一度、深々と頭を下げる。長瀬の母親らしい女が鼻を鳴らした。
「なーんだ、随分と若い娘さんね。あたししゃ、どこのお嬢さんかと思ったけど。大翔の担任だっていうんで、もっと歳のいった男かと思ってたよ」
 長瀬は母親の日本語は片言だなどと言っていたが、今、聞いた限りでは流暢なものだ。舌足らずでもないし、日本人が話しているのと変わらない。少なくとも長瀬はこの点では嘘をついたことになる。
 では、彼が心優に語った生い立ちについても、嘘で塗り固められているのだろうか?
「あんたが大翔を殴りつけたってわけ?」
 母親の口調は怒っているというよりは、どこか愉しげだった。
「申し訳ありません、本当に」
 心優がまた頭を下げるのに、彼女は声を上げて笑った。ポカンとする心優に、母親は愉しげに言う。
「あんたみたいなお嬢さんによくうちの息子が殴れたわね。道理で大翔が前のときみたいに先生を殴り返さなかった、やっと理由が判ったわよ」
 と、また愉しげに笑う。
「マ、ここで立ち話も何だから、上がって」
 あっさりと言われ、心優は調子が狂いっ放しだ。
「汚いし狭いしから、恥ずかしいけど」
 母親は口調とは裏腹に少しも恥じ入る様子もない。
「あの、お出かけ前なのではないですか?」
 おずおずと問うと、ジャージ姿の母親は肩を竦めた。
「どうせ、たいした客も付かないから、遅れたって良いの。こういう夜の商売は外見と若さが売りなのよ。もう流石にこの歳じゃア、難しいわ。自分で店でも開かない限りはねえ。あんたのような若くて綺麗な子なら、すぐに大勢の客がつくのにさ。今頃、昼の仕事をしながら、バイトで夜の仕事もする若い子が多いのよ、あんたもどう、先生」
 母親に悪意がないのは判ったが、流石に顔が引きつった。
「いえ、私はご遠慮します」
「あら、残念ね。あ、座って」
 彼女は少しも残念そうには見えず、どこか浮き浮きとした調子でキッチンスペースらしい片隅で動き回った。ガスレンジに小さな薬缶をかけ、改めて振り返る。
「コーヒーで良いかしら?」
「あ、は、はい」
 アパートは、畳六畳ほどの和室と後は板の間があるだけだ。キッチンスペースはその板の間の片隅に付いている。板の間から和室は古ぼけた襖が開け放しているせいで、丸見えだ。心優は今、その和室に置かれた小さなガラステーブルに向かって座っていた。
 そこで手土産のことを思い出し、慌てて紙袋を差し出した。
「あの、これは気持ちばかりですが」
 立ち上がって持っていくと、母親は嬉しげに笑った。
「なに?」
「アップルパイです。駅前のお店で買いました」
「ありがと、気が利くわね。甘いものは大好きなのよ。丁度良いわ、一緒に食べましょう」
 ほどなく母親はいかにも安物らしいプラスチックのトレーにこれも百円ショップで見かけるマグカップを二つ乗せて運んできた。
「ああ、あんた。悪いけど、あっちでアップルパイを切ってきてよ」
 顎をしゃくる。人使いの荒い母親である。心優は言われたとおりに板場に行った。ままごとのような小さなまな板と包丁があったので、それを使って箱から出したアップルパイを切り分け、適当に積み上げてあったこれも百円ショップの皿に乗せた。手に持って運んでいくと、?悪いわね?と屈託なく笑う。
 どうやら長瀬の母はとんでもなくユニークな人のようらしい。
「よく殴ってくれたわね。あんな出来損ないの息子は多少痛めつけてくれた方が性根が叩き治って良いわ」
 母親はマグカップからコーヒーを啜り、信じられないことを口にした。
「でも、お母さんは私が息子さんを殴ったことをお怒りになっていたのでは?」
 おずおずと問うと、母親は豪快に笑った。
「そりゃ、一年のときの先生のような、いけ好かない鼻持ちならないヤツだったら、あたしも怒ったけどさ。あんたみたいに可愛い娘さんが来て殊勝に謝られたら、怒る気も失せるよ。それに、こう見えて、あたし、人を見る眼だけはあるの。若い中から苦労だけは人の何十倍もしてきたから、その人の眼を見ただけで、どんな人が判るもんね。あんたの眼は星を映した夜空のように綺麗、澄んでる。だから、息子を何の理由もなく殴ったりはしないと判るよ」
 母親は言うだけ言い、今度はアップルパイを手に持ってかじった。フォークも付けたのだが、なかなか豪快な食べっぷりである。
「ん、美味し」
 と、十代の少女のように無邪気に笑う。その笑顔が長瀬ととてもよく似ていることに改めて気づいた。苦労のせいでやつれ、四十という実年齢より多少更けては見えるが、目鼻立ちはくっきりとして、やはり異国風な顔立ちをしている。濡れたような棗型の漆黒の瞳が美しい。
 若い頃はさぞかし美しかったに相違ない。
「近頃になって、息子が言うのよ。惚れた女ができたって。男子校なのに、女子生徒がいるわけじゃないから、そんな娘(こ)をどこで捕まえたのよって問い詰めてやっても、大翔は何も言わなくてさ。大方、通学途中の女の子でも見かけたのかなって思ってたんだけど、やっと大翔の惚れた女の子っていうのが誰か判ったわよ」
 母親は嬉しそうに言う。
「あんたみたいなお嬢さんが息子の嫁になってくれたら、毎日が愉しそうね」
 ブッと思わず飲みかけのコーヒーに思いきり噎せてしまった。彼の母は今、何と言った?
 長瀬に好きな女の子がいるらしいと聞かされ、何故か暗い気持ちになっていた心優は眼をまたたかせた。
「お母さん、それは恐らくというか、絶対に勘違いされています。私は教師で、彼は生徒ですから」
 ところが、である。母親は呵々大笑した。
「それがどうしたっていうの、お互いが好きなら、それで良いのよ。あ、心配しないで、あたしはそんなことで反対しないから。もう、先生をひとめ見て、あたしも気に入ったわよう」
 母親は弾むような口調で続けた。
「あたしもそうだったから。あの男(ひと)のことを本気で好きになって、それで大翔が生まれたの。本当はね、判ってたのよ。奥さんがいる人だってことも、大会社の社長さんで、あたしなんかには手の届かない人だってことも。でも、好きだって気持ちには勝てなかった。奥さんに子どもがいないってことも知ってたから、妊娠したときは心底申し訳ないと思ったの。でも、堕ろすつもりはなかった。だって、大翔はあたしの宝物。遠いフィリピンからたった一人で遠い日本に来て二十五年で、あたしが得たものはあの子だけだもの」
「お母さんが日本に来られたのは十代のとき?」
「そう、十五だった。八人兄姉弟妹(きょうだい)の下から二番目だったのよ、あたし。貧乏で本当にどうしようもないくらいに貧乏で、あたしはそんな貧乏暮らしが嫌で、祖国を棄てたの。悔いはないよ。今じゃ、両親やきょうだいの顔さえろくに憶えちゃいないわ。だって、十五で故郷(くに)を出て、今じゃフィリピンで過ごしたよりも日本で過ごした方が長くなったんだものね」