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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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帰れない森 神末家綺談5

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「急な用事で、これから和歌山なんどす」

須丸本家の立派な門の前で、清香に出会う。挨拶もそこそこに、彼女は泊めてあったタクシーに乗り込んだ。窓を開けて、申し訳なさそうに伊吹を見つめる老女。和服姿と、きれいに結わえた髪が美しい。

「せっかくやのにお構いできずに堪忍え。あとは紫暮に任せてありますさかいに」
「こちらこそ、気を遣わせてしまって申し訳ありません。お気をつけて」

タクシーを見送ると、紫暮が屋敷へと促す。広い座敷を一部屋あてがわれ、伊吹はそこに荷物を下ろした。庭が見える。以前、瑞とこの池の鯉にえさをやったことを思い出す。

あの穏やかな時間が、夢の進行とともに崩れていくかもしれない。そんな予感に心が曇る。まだ初日だというのに、伊吹は事実を知ることを恐れている。笑顔でいると約束したのに。

瑞に会いたいと、唐突にそう思う。絡めた小指の強さを思い出す。繋がっていれば、何があっても大丈夫だと思えるのに。

「冷たいものでも」
「あ、すみません」

盆に水菓子と冷茶を載せて、紫暮が襖を開けた。

「家の者は、みんなばあさまと和歌山だ。俺とお手伝いさんしかいなくてね。何のお構いもできず申し訳ない」
「お気遣いなく。俺が押しかけているんですから」

冷たいお茶が、暑さに疲れた身体の中へ心地よく落ちていく。甘い菓子を食べながら、紫暮ととりとめのない話をした。大学はまだ長い夏休みらしいが、家庭教師としてアルバイトをしている紫暮は、それなりに忙しい様子だった。伊吹のために時間を作ってくれているのだろう。

「じゃあ行こうか」

話も尽きたところで、紫暮が立ち上がった。

「あ、ちょっと待ってて」

紫暮は玄関から取って返すと、広い台所にいるお手伝いさんらしき女性に声をかけた。

「火の用意をお願いします」

火?なんのことだろう。