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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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帰れない森 神末家綺談5

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ヒグラシが鳴いているのに気づいた。すっかり没頭していたようだ。紫暮は本から顔を上げる。夕闇が山際に迫っていた。

(・・・戻っていないな)

伊吹は蔵にこもったままだ。昼からたっぷり四時間は経っている。熱心なことだ。しかし根を詰めすぎるのはよくない。夢を見ると、あの子は言った。追い詰められているとでもいうのか、思い詰めて心を壊してしまわないか心配だった。

(だけど)

恐怖しながらも進もうとしている姿は胸を打った。いまのままでいられたら幸せだろうに。その幸福を壊してでも真実を知りたいと。後悔はしないと。それは壮絶な覚悟だ。安寧の泥の中で眠っていれば幸せだろうに。泥を抜けて冷たい吹雪に身を晒そうという、覚悟。すべてはそう、自らの半身となる瑞のためなのだ。

「!」

迎えに行こうかと腰をあげたとき、携帯電話が振動した。

「珍しいな。電話嫌いのおまえが」

かけてきたのは瑞だった。

『伊吹がそっちに行っているだろう』
「過保護なことだなあ」
『・・・伊吹をよろしくたのむ』
「はあ?」

嫌味に嫌味が返って来ない。しおらしい声に思わず電話を耳から離す。らしくない。

「どうした?」
『わからない。そばにいないと、不安でたまらない』

感情のない声なのに、確かに不安が伝わってくる。長い付き合いだが、こんなふうに己の心情を吐露する瑞は初めてだ。相当参っているのか。
何がここまで彼を、彼らを不安にさせるのだろう。