帰れない森 神末家綺談5
「そう。書架にも、紙にも、インクにも、記した者たちの呪がかけられている。読むに値しないと判別された者は、ページをめくることはおろか、取り出すことさえできない。逆に読む資格のある者には、書物の方から知りたい情報を与えてくれるという。年代も種類もばらばらに配置されていて、どこになんの本があるかは誰にもわからない。選書もされていないし、分類も不可能。だが、お役目の血を引くきみになら、きっと知りたいことを探し出せるはずだよ」
入り口から80メートルは歩いただろう。行き止まりに突き当たった。そこには閲覧者のためにこしらえたであろう、畳二畳を敷いた空間があった。その上に載せられている文机の上のランプに火をともしてから、紫暮が振り返った。
「あとは自由に」
「ありがとうございます」
「無理はいけないよ、初日なんだから、適当なところで切り上げるようにね」
紫暮が去っていく。うすぼんやりとした灯りに照らされた洞窟の中で、伊吹は一人で立ち尽くす。
「・・・やるか、」
とりあえず、適当なところの本を一冊抜き出すことから始めてみる。ここに瑞の過去が眠っているはずだ。
作品名:帰れない森 神末家綺談5 作家名:ひなた眞白