花は流れて 神末家綺談4
給食を終えた五時間目、机に突っ伏している朋尋に、担任が声をかけた。食欲もあまりない様子だったので心配になったのだろう。
「トモヒロ、おまえ今日はもう帰れ」
「や、大丈夫だし」
「顔色も悪いし、なんか変だぞ。せめて保健室行け」
「・・・わかりました」
級友たちが心配そうに見守る中、朋尋がふらふらと教室を出て行く。その後姿に、伊吹は一瞬だけ背筋が粟立つような感覚を覚えた。
(なに、今の・・・)
鳥肌が立っている。朋尋の背中に感じた気配を、伊吹はよく知っている。
それは、そう。この世のものではない誰かの息遣いのような・・・。
「先生、俺保健委員だから、着いて行って来ます!」
「え?」
担任の返事も待たずに伊吹は朋尋のあとを追う。授業中の静まり返った廊下へ飛び出すと、すでに朋尋の姿はない。何かいやな予感がする。伊吹は保健室まで殆ど全力疾走した。
「あらあ、神末くん?腹痛かしら、おさぼりかしら」
「あの先生、朋尋来なかった?」
初老の養護教諭は、伊吹の言葉に首を振る。
「あの子、今日はお昼寝には来てないわよ?」
一体どこへ?お礼もそこそこに、伊吹は再び廊下に飛び出す。
(そうだ、図書室)
ここのところずっと放課後、朋尋が通いつめている場所。伊吹は階段を二段飛ばしで駆け上がり、三階の突き当たりにある図書室の前に立つ。
(静かだ・・・)
そっと扉に手をかける。柔らかな午後の日差しが差し込む図書室は無人だった。立ち並ぶ書架、貸し出しカウンター、新刊書のコーナー、新聞閲覧コーナー。音もなく、そこには午後のゆるやかな時間が流れている。裏山に面した図書室には、木々の葉が揺れる、ひそやかな囁きのような音が広がっていた。
「・・・朋尋?」
書架の間をくぐりながら、伊吹は彼の姿を探す。いない。ここではなかったか。
「あれ?」
書架の奥の、更に奥まった場所に、古ぼけた扉が見えた。書庫だ。あそこには古い本が納められていて、図書委員会が廃棄書の選別をしており整理中だと、朋尋が言っていたのを思い出す。
作品名:花は流れて 神末家綺談4 作家名:ひなた眞白