花は流れて 神末家綺談4
雨の日だった。部屋から覗く空は濃い灰色をしている。夕刻を過ぎてから雨脚は強くなり、昼前に出た大雨洪水警報は継続中だ。ドドド、と家の裏の川からものすごい音が聞こえてくる。
柱時計に目をやると、五時を過ぎたところだ。弟が帰って来ない。わたしが学校から帰宅したと同時に、弟は自転車にまたがって出て行った。図書館に本を借りにいくと言っていたけど・・・。
わたしは胸騒ぎがして、部屋の中を動き回る。
弟とわたし。たった二人の家族だった。両親をなくして、親戚の近所に越してきて、いろんなヒトに支えてもらいながら生きている。孤独で貧しいわたしは、同年代の女の子の中には入れずにいる。わたしを決して傷つけない、なにも強制しない。そんな物語の世界に入り込むことが楽しくて好きだった。
迎えに行こうか。こんな雨の中を自転車で戻ってくる気だろうか。わたしが合羽を手にしようとしたとき、誰かがガラス戸を叩いた。近所の親戚のおじさんだった。
河の増水が危険だから。
避難指示が出ている。荷物をまとめたほうがいい。
弟はどこだ。
自転車で出て行った?こんな雨の中を?
村までの国道は通行止めになってるぞ。土砂崩れの危険がある――
わたしは合羽も着ずに飛び出した。殴るように叩きつけてくる雨の中を国道目指して走る。
大丈夫、大丈夫。もう弟はそこまで帰ってきているはずだから。
大丈夫、絶対に大丈夫。
暗い国道に出る。車は一台も通っていない。ドドド、と河の流れるすさまじい音と。
そして。
見慣れた自転車が、土砂の中に埋まっているのが見える。ガードレールをぶち破って流れ出た山際からの土砂は、谷底の河へと流れ込んでいる。
作品名:花は流れて 神末家綺談4 作家名:ひなた眞白