花は流れて 神末家綺談4
これは悪夢に違いない。あの子の・・・自転車とかばんが落ちているなんて。
まさか弟が、あの化け物のように咆哮する濁流に飲まれたなんて。
周りの大人のざわめきが遠くなる。
夢だ。嫌だ。わたしの弟が。
――姉さん、無理して友だち作ろうとしなくていいよ
――学校以外にも、楽しいことはきっとある
――僕が図書館で、借りてきてあげる。姉さんが読みたがっていた本、見つけたから・・・
本が落ちている。雨に濡れて、泥に汚れたそれを胸に抱く。わたしが読みたかった本だ。
優しい弟。たった一人の弟。なぜ。わたしのせい。どうして。許されない。
遺体は見つからなかった。わたしの手元に残ったのは、あの本だけ。
記憶の中の雨がやまない。優しい声が消えない。
冷たかったろう。痛かったろう。いまもきっと苦しいだろう。
一緒に逝こうね。一人にはしないよ。
わたしはガードレールから、弟を飲み込んだ谷底へと身を躍らせた。そこに弟が待っているのだと信じて。
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作品名:花は流れて 神末家綺談4 作家名:ひなた眞白