花は流れて 神末家綺談4
恋文
日の暮れた夕闇の中を、自転車が疾走する。
「あのばか、ほんとにもう」
伊吹を荷台にのせてママチャリを懸命にこぎながら、瑞がぶつぶつ言っている。
事情を聞いた瑞は、すぐさま学校へ行こうと言い出した。もう町へ出るバスもないので、自転車で約10キロ離れた小学校を目指しているところだった。
「すごく、へんな感じがしたんだ」
ぐんぐんスピードをあげる瑞にしがみつきながら伊吹は言う。風が髪を揺らす。
「あの文通・・・絶対よくない。朋尋、相手に肩入れしすぎてる」
「死者からの言葉に返事をしてしまって魅入られたんだろうな。寝言に返事をしてはいけないっていうのがあるけど・・・それと同じだ。交じり合ってはいけない境界が、返事をしたことで曖昧になってしまったのだろう」
山道を抜けると、坂道の下に灯りのともった町が見えてくる。星月夜に似た淡いきらめき。
「伊吹、文通の内容みたか?」
「全部は見てない。すぐに逃げてきちゃったから」
「とにかくその内容が見たい」
自転車は小学校を目指してかっとばす、ノーヘル二人乗り。そんなことに構ってはいられない。だってあの瑞が、珍しく焦っているのだ。なにかとてつもなく嫌な予感がして、伊吹の胸はざわめいた。
作品名:花は流れて 神末家綺談4 作家名:ひなた眞白