風の分岐
(この先に、いるのだ)
鳥居の向こうに続く、長い長い階段。どこまで続くのか、瑞は知らない。山のその高い場所に、花嫁がいるのだ。いまは穂積の、いずれ伊吹の花嫁となるものが。
神末の長男との婚姻を条件に、絶対的な退魔の力を授け、一族を未来永劫守り続ける力。
手を伸ばす。しかし鳥居から先には結界があり、瑞はその先へは絶対に入れない。
ここは聖域。神の住まう場所。その場所には、瑞は絶対に触れない。
一度、闇に堕ちた自分は、悪しきものを祓う神の絶対の力には問答無用ではじき返されてしまう。
「皮肉なものだ・・・こんなに近くにいるのにな」
しびれる指先。焦がれる想い。この先にいる花嫁を、瑞は知っている。
かつて、大昔。
まだ瑞が、人間であったころ。
心底愛して、喪失したもの。
それが、この先に、いるのだ。
もう顔も思い出せない。声も、姿も思い出せない。だけど今もこんなに焦がれている。指先が震えるほどに。魂が覚えているのだ。
「俺の願いが叶ったら、そのときは」
風が吹いて木々が鳴く。返事などあるはずもないのに、瑞は語りかける。
「花嫁たるおまえの苦しみも、終わるのだ」
穂積がそれを叶えてくれる。
伊吹は笑って許してくれる。
その日をいまは待つことしかできない。