風の分岐
(だけど、あの作文・・・)
伊吹の優しさに触れてしまえば、いまの幸せを惜しむことは容易かった。
瑞の願いが叶えば、すべてが終わる。このささやかで小さな幸福は、終わってしまう。
(俺は馬鹿だ。伊吹に、情を移すなと自分で言っておきながら・・・)
いまさら、寂しさなど無意味なのに。
それでもいま幸せなのは確かで。
胸が温かいのも事実で。
(穂積とは、違う)
穂積の優しさや温かさとは違う。剥き出しで、隠そうともしない素直な感情。相手に悟らせない気遣いのできる穂積とは違う、恥ずかしいくらいに不器用な伊吹の優しさ。
(それが俺には、心地いい)
風が流れていく。夏から、秋へ。現在から、過去へ。
来るべき未来はどちらなのか。風に問うても答えはない。
夏休みが終わり、宿題が返却されてから伊吹は気づいた。
あの友だちの作文のページに書かれていた「おうちのひとからのコメント」に。
軽薄な態度や容姿には不釣合いなほどに、達筆な字で書かれた言葉。瑞からの返事。
たった一言。だけど、とても澄んだ美しい一言。
『ありがとう』
別れは確実に迫る。
比例して大きくなる親愛の情に二人が惑う間もなく、季節は秋を迎えようとしていた。
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