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後宮艶夜*ロマンス~皇帝と貴妃~【前編】

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「母は泰山木の花が好きで、よく幼かった俺の手を引いて庭の花を飽きることなく眺めていた。不思議なんだ、他の母との想い出はすべて朧になってしまったのに、母と二人で泰山木を眺めたときのことだけは今でも鮮明に憶えている。母が亡くなった後も、俺は一人でしょっちゅう母の愛した花を見にいったよ。だが、泰山木の咲く期間は短い、あっという間に終わってしまう。それでも、俺は夏が来る度に花を見にいった」
 そこに行けば、母に逢えるような気がして。
 最後の呟きはよくよく注意しなければ聞き取れないようなものだった。
「泰山木は栄国では当たり前に咲いているというものね。きっと、お母さまは故郷が懐かしかったんだわ」
 芳華の言葉に法明は頷き、彼女をひたむきなまなざしで見つめた。
「だから、俺はいつか心から愛せる女とめぐり逢えたら、泰山木の花を象った簪を贈りたいと思っていたんだ。今までは到底、そんな女とめぐり逢えるとは思えなかったけど、こうして芳華、お前に出逢えた。今の俺にはまだそんな高価な簪を贈ることはできないが、いずれ、時機が来れば芳華に贈るつもりだ」
 ―泰山木を栄国の言葉に音訳すると、?マグノリア?というそうだ。母の栄国での名前は?マグノリア?だと聞いたことがある―。
 この時、芳華は?マグノリア?という美しい響きの花の上に、儚げでいながら凛然とした異国の少女の姿を見ていた。金褐色の流れるような絹糸の髪と白磁の膚、紫の瞳を持つ世にも可憐な美しき娘。
 法明の人並み外れた美貌は栄国生まれだという母親から譲り受けたものなのだろう。
「ね、法明。それって、もしかして、求婚(プロポーズ)なの?」
 恐る恐る訊くと、法明がお手上げというように首を振った。
「あー、これだから、お子さまは困る。ここまで男に言わせて、その科白はないだろうが」
 その言葉で、芳華は漸く法明がたった今、自分に求婚してくれたのだと理解した。何といえば良いのだろう、嬉しさと愕きがない交ぜになった気持ちで胸が一杯になり、芳華は思わず眼を潤ませた。
「嬉しい、私」
「な、何で泣くんだ? 俺のことがもしかして嫌いなのか?」
 慌てふためく法明に、芳華はううんと烈しく首を振ることで否定した。
「違うよ、嬉しいの。私も法明のことが大好きだから」
 その科白に、今度は法明が固まった。
「今、お前、何て言った?」
「え?」
 芳華はまた上目遣いに法明を見上げた。小柄な芳華は伸び上がるようにして法明を見上げ、もう一度、彼にもはっきりと聞こえる声で繰り返す。
「私も法明が好き」
「やられた、芳華、今の科白と笑顔は男の心を一撃だぞ」
 突如として法明が呟き、芳華を抱き上げた。
「俺もお前を心から愛してる。俺の心はもうお前で一杯だ、お前なしでは過ごせない。後にも色々と言いたいことがたくさんあるが、とりあえず、すぐに祝言を挙げよう」
「でも、そんな早くにいきなり」
 流石に芳華が抵抗を示すと、法明がニヤリといつもの彼らしい不敵な笑みを見せる。
「お前の気持ちが変わらない中に、とっとと祝言を挙げるんだ。それに、身持ちの固いお前のことだから、祝言挙げちまわないと、やることやらせてくれないだろ?」
「やることをやらせる?」
 何のことか、法明の科白はさっぱり意味不明であった。何と恥ずかしいことに法明はそのまま歓声をあげながら、芳華を抱いたまま大通りを駆け抜けて家に戻った。途中で忙しなく行き交う通行人にぶつかりそうになる度、
「俺たち、今夜、祝言なんだぜ」
 と、臆面もなく喋って、腕の中の芳華はあまりの恥ずかしさに身もだえしそうになった。もちろん、人々の反応は様々で、祝福してくれる人もいれば、呆れたように肩を竦めて無視する人もいた。
 その夜。法明と芳華は二人きりの婚礼を挙げた。立会人もいないし、花嫁衣装もない。操国では婚礼のときは新郎新婦ともに紅の衣装を纏う。紅はおめでたい瑞祥の色とされているからだ。
 なので、芳華はどこからともなく法明が調達してくれた紗(うすぎぬ)の紅いベールを頭から被った。それが唯一の花嫁衣装の替わりになった。
 夫婦の固めの杯を交わし、法明が紅い紗をそっと持ち上げると、花嫁の顔が露わになった。法明の端正な顔が近づいてきて、芳華は静かに眼を閉じた。
 これが本当の結婚式。愛する男とめぐり逢えて、晴れて結ばれた。その歓びと幸せで涙が溢れそうになる。小鳥が啄むような、羽で掠めるような軽いふれあいだけの口づけ(キス)が次第に深くなってゆく。
 角度を変えて幾度も口づけられながら、愛する男の手によって一枚ずつ衣服を剥ぎ取られ、生まれたままの姿に還ってゆく。花嫁衣装も晴れ着もないから、普段のままの上衣と下裳、穿袴だ。
 けれど、そんなものは今の二人には関係ない。法明の熱い唇が芳華の素肌の上を這い回り、たくさんの口づけを落とし、一糸纏わぬ身体を飾ってくれる。どんな豪華な絹の花嫁衣装よりも、彼の愛撫が最高の彩りになってくれる。
 大好きな男の手が芳華の身体の隅々まで余すところなく丹念に触れて、白い膚がうっすらと桜色に染まってゆく。
 何も身につけていない芳華の身体を法明がやわらかく褥に押し倒した。粗末な薄い夜具は宮殿の後宮で使用される皇帝の豪奢な寝台とは比較にならない。だが、今、この瞬間、芳華にとっては、この世でいちばん安らげる場所だった。
 愛し愛され、求められる幸せをやっと手に入れられた。法明の悪戯な指が芳華の咽から鎖骨、胸の谷間をつぅーと辿り、やがて、胸のふくらみへと達する。そのまま薄紅色の突起を乳房ごと押し潰すようにギュッと押し込まれ、芳華はあえかな声を上げた。
「法明、それはいや―」
 何だか彼に触れられた部分から、妙な感覚が身体中を駆け抜けていくようで、芳華はこれから起こることに本能的な恐怖を憶え、法明に縋り付いた。
「何で?」
 法明が優しく問いかけ、芳華はか細い声で訴えた。
「怖い。そこに触れられると、何だか自分が自分でなくなるようで怖いの」
「一杯変われば良い。俺に抱かれて、芳華は今夜、生まれ変わるんだから」
「どういう意味か判らない」
 法明の瞳がうっすらと薄紫に染まっている。その瞳の底が常ならぬ欲望に翳り、情熱が閃いている。まるで今から捕らえた獲物を貪ろうとするかのような獰猛さが潜んでいるようで怖くて、芳華は泣きそうになりながら法明の逞しい胸に顔を伏せた。
「俺に任せて。悪いようにはしない」
 法明は熱を宿した瞳とは裏腹に、この上なく優しい口調で言い、いつものように芳華の漆黒の髪を労るように撫でた。
 法明の手は止まらない。その間も指先は器用に動き、芳華の乳房を大きな手のひらで包み込んで揉みしだいたり、さっきのように乳首を捏ね回したり、乳輪を円を描くように撫でたりする。その度にあの得体の知れない感覚が呼び覚まされ、芳華の目尻には涙が滲んだ。
「法明、私」
 堪りかねて何か言いかけると、法明は言葉を奪うかのように烈しく口づけてくる。あまりにも烈しい貪るような口づけに、最早、芳華は話すこともできなくなった。
 芳華の身体から力が失われたのを確かめ、法明は頭を下げて芳華の乳房に顔を寄せ、可憐な乳首を口にくわえた。
「―っ」