小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

後宮艶夜*ロマンス~皇帝と貴妃~【前編】

INDEX|8ページ/12ページ|

次のページ前のページ
 

「そんな―、まだ子どもなのに、毒を自分から飲んでいたの?」
 信じられず問い返すと、ふっと淋しげな笑い声が聞こえた。
「仕方ないさ。俺の回りにいた者たちも考えに考えた苦肉の策だったんだ。だが、そのお陰で、俺は多少の毒を盛られても死ぬことはなかった」
「もう生命を狙われることはないの?」
「さあ、どうだろうな。今のところは、その危険は昔ほどはなくなっただろうが、かといっても、継母は相も変わらず俺を殺したいとは願っているだろう」
「今は一人暮らしなの?」
「ああ。お袋は早くに亡くなってしまったし、親父も俺が十五の歳には死んだ。今は一人、本当に一人だ」
 最後の方は聞いている芳華の方が切なくなるような響きがあった。暗闇の中でいつ殺されるか判らない恐怖にひたすら怯え続ける小さな少年の姿が自然に浮かび上がった。刹那、芳華は叫んでいた。
「ここにいれば良いじゃない」
「え?」
「この家で暮らせば良いよ、法明。どうせ帰っても一人ぼっちだし、まだお義母さんが生命を狙ってるのなら、そんなところに帰らなくて良い。ここで暮らせば良いじゃない」
「だけど、良いのか? 一応、お前だって女だろ」
「何よ、それ。一応だけは余計よっ」
 本気で怒ると、法明が低い声で笑った。
「嫁入り前の娘が男と同棲なんて、相当まずいんじゃないのか?」
「ど、同棲なんかじゃないわ。同居よ、同居。つまり法明が私の家に居候するってわけ」
 どうも?同棲?というのは深い仲になった男女間特有の親密な響きが込められているようで、抵抗がある。芳華が思わず訂正すると、法明はまた笑った。
「別に俺は呼び方なんて、どうでも良いさ。お前が居てくれって言うのなら、仕方がないから居てやるよ」
「まっ、どこまでも可愛くないんだから」
 芳華は半ば本気で怒りかけている。と、傍らから法明の手が伸びてきて、そっと芳華の髪に触れた。思わずピクリと身体を震わせる彼女に法明が言う。
「お前って優しいな。意地っ張りでお子さまで素直じゃないけど、また惚れ直したよ」
 相も変わらず褒め言葉か、けなされているのか判別しにくい科白ではあったが、ふと我に返った芳華は真っ赤になった。
「ほっ、惚れ―」
 惚れ直したとは到底自分の口では言えず、芳華は赤面したまま絶句する。
「本当にねんねだなぁ。それで、よく嫁入りなんてできたもんだ」
 法明は薄闇の中で愉快そうに笑っている。芳華はそれが悔しくて、あかんべえをすると彼に背を向けた。そこから先の記憶はない。彼女が次に気づいたのは、既に翌朝、陽が高くなってからのことだった。
 芳華が目覚めた時、既に法明はおらず、行商に出ると短い書き置きが残されていた。

 求婚と蜜月

 どこからか漂ってくる揚げ饅頭の匂いが猛烈に食欲をそそる。クウーっとお腹が鳴り、芳華は慌てて傍らを見た。法明は一向に気づいた風もなく、素知らぬ顔で大通りを歩いている。ここは皇帝の住まう宮殿に続く都の大通りだ。
 二人で暮らし始めて、はや三ヶ月が経とうとしている。短い夏が去り、もう秋の気配が濃く漂う季節になっていた。
―良かった、法明には気づかれてないみたい。
 芳華がそっと安堵した時、ふいに横を歩いていた法明がクックッと堪え切れないといいたげに笑いを噛み殺した。
「まったく、お前ときたら。色気も何もあったもんじゃないな」
 今日は久しぶりに二人だけで出かけてきた。芳華の開いている小さな私塾も休み、法明も今日は仕事を休むというので、初めて逢瀬(デート)らしきものをすることになった。とはいえ、彼とは同居しているとはいえ、格別に何があるというわけでもない。恋人とすら呼べる間柄ではなく、逢瀬という言い方も妙かも知れない。
 ただ二人の間には確かな信頼と絆が生まれていることは確かだった。相変わらず出逢ったときのように顔を合わせれば丁々発止の会話を交わし、恋人というよりは気の置けない友人のような関係ではあったけれど、芳華は最早、法明がいない生活は考えられない。それほど彼を必要としている。
 それが異性として彼を求めているのだろうとは、芳華も薄々は感じていた。ただ、彼もまた芳華と同じように考えてくれているかまでは判らなかった。
 つらつらとそんなことを考えている矢先、不心得な腹の虫が既に時刻が昼をとうに回っていることを告げてくれたらしい。
 法明は軒を連ねた露店の一つで脚を止めた。
「これなんか、どうだ?」
 その店は服につける玉佩(帯などにつける)飾り)ばかりを売る店だった。ちなみに、小間物屋といっても、法明は主に簪や指輪、腕輪、耳飾りなどといった宝飾品の類を商っている。
「素敵」
 芳華はあまり装飾品に興味のある方ではない。しかし、やはり若い娘だから、それなりの興味はある。法明が手に取ったのは、小振りな玉佩(ぎょくはい)だった。桃色の糸で複雑に編み込まれた上部に翡翠らしき丸い玉がつき、更にその下には同色の糸が房となって垂れている。
「可愛いわ」
「じゃ、これにするか?」
「でも、本当に良いの?」
 上目遣いに見つめると、いつもの彼らしくなく、法明が頬を上気させた。
「お前な、その上目遣いは止めろ。っていうか、俺の前だけで、他の男の前では絶対にやるなよ。お前は無意識でやってるんだろうけど、無自覚なのが余計に始末が悪い」
「何で? そんなに変な顔?」
 やはり、芳華としては少なからぬ衝撃である。と、法明は憮然として言った。
「違う、その逆。お前に下からそんな眼で見られると、男は落ち着かない気持ちになる。あまりに可愛すぎるんだっ」
「え―」
 いまだ事態を飲み込めていない芳華をよそに、法明は勝手に店主に金を払い、桃色の玉佩を受け取った。
「ほら」
 短い言葉とともに差し出された玉佩を受け取り、上衣の帯に結びつける。
「どう、似合う?」
「―なかなか良い」
 法明はまだ頬を赤らめたまま、ぶっきらぼうに言った。小間物の行商をしているときは女性客に愛想を振りまく法明だが、あれはあくまで営業用の笑顔だ。素顔の彼は、どちらかといえば、口も悪いし意地悪だ。ただし、それも表向きだけで、不器用な彼はどうやって気持ちを表したら良いか判らないだけだと、もう芳華は知っている。
「それから」
 法明は懐から綺麗な巾着を取り出した。薄紫色のそれをそっと開くと、例の紫水晶の簪が現れる。
「これを貰ってくれないか」
「―」
 芳華は愕いて彼を見上げた。また、彼の顔が紅くなる。
「鳳凰の簪―」
 芳華の呟きに、法明は頷いた。
「元々、求婚の証として簪を贈るのは栄の国の風習だったんだ。それが二代皇帝のときにこの国にも伝わって広まったんだよ。俺の母は栄国人だったから、父も母に簪を贈ったと聞いている」
「法明のお母さまは栄国の方だったのね」
 芳華は今、初秋の陽光に照らされ、紫水晶の瞳になっている法明を見つめて納得する。彼の瞳は時々、こんな風に紫に染まって見えるし、髪の色も生粋の操国人にしては少し色素が薄く、茶褐色をしている。それが母方の栄国の血のなせるものだと初めて知った。