短編集『ホッとする話』
「テディ、テディ!」
聞きなれた声が自分の肩を叩く。ここは地獄か天国か?テディは恐る恐る目を開けて頭にかぶった上着を取った。
「父さん」
「悪かったな、研究が少し延長しちまってな」
「ふぅ……」
どうやらここは現実の世界のようだ。目の前に立っているのは白衣を着た父だ。上の階にある研究室から下りて来たようだ。
「どうだ、私の試作品は」
「試作品?」
この部屋にある試作品、つまり工作物といえば平机の上にある黒スイカしか思い当たらない。
「赤いボタンを押したまえ」
その通り、父は得意満面で息子に黒スイカのボタンを押すことを促している。テディは一度父の顔を見た、ゆっくりと頷いている。
「は……、はい」
「なーに、緊張せんでエエ」
テディは唾を呑んでおそるおそる言われた通りにチカチカと素速く点滅している赤いボタンを押した。すると中央の継ぎ目がゆっくり開くと中から白い湯気が昇り立ち込め、先程の甘い匂いが一気に膨れ上がりテディを包み込んだ。
「……これは?」
湯気が消え去った後の黒スイカの中を見ると、真っ白に輝いてひしめき合っている無数の小さな粒の集合がテディの目に飛び込んできた――。
* * *
「どうだ、テディ。ワシの新発明は」
「これはご飯(ライス)じゃないか!」
緊張のあまり正常な判断ができなかったが確かにこれは米飯の匂いだ。光るような白い粒が食欲をそそる。
「開発したって、これ?」
「ああ、そうだとも。で、どうだって聞いてるんだよ」
「で……、できてるよ。それも美味しそうに」
テディは全身の力がみるみると抜け落ち、床面にへたれこんでしまった。大きく息を吐き出すと、安堵の知らせが血管を通って全身に伝わった。
「父さんは武器の開発をしてたんじゃなかったの?」
自分が感じた戦慄なんぞまるで知らなかった様子で父は息子の感想を聞いて笑っている。
「戦争は武器だけで行うものではないのだよ。これはだな……」
父の開発したものは炊飯器と言われるもので、日本のどこの家庭にもあるらしいのだがそれを初めて見たテディにはどう見ても爆弾にしか見えなかった。電源がなくても内臓バッテリーで調理が出来るように開発したこれ一台あれば戦場のどこへ行っても白い飯が食べられるという行軍の必須アイテムの完成に父は大喜びしている。
「ところでテディ、どうした?息が乱れているぞ」
「いえ、何でもない。大丈夫だよ……」
さっきまでのことを話せば一生の笑い種になるのは必至だろうし、父は研究の成果に大喜びで自分のことなど聞いてもないだろうから、テディは何も言わなかった。
「ニッポン人はライスをエネルギー源としているのだよ。これはパンよりも効率が良く我々も見習わなければならん」
父は持ってきたしゃもじと言われる道具で飯を皿に入れテディに差し出した。
「食べてみろ、味は私が保証する」
「ははは……、そ、そうだね――。ありがとう」
テディは茶碗に盛られた父の自慢の作品の成果を手にすると、力の無い笑いで答えることしかできなかった。
「テディよ」
「何でしょう?」
「ニッポンの諺でこういうのがあるんだ」
父は立ち上がり得意気にこう言った。
『腹が減っては戦ができぬ』
と――。
カウントダウン おわり
作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔