短編集『ホッとする話』
「落ち着け、落ち着くんだ」
テディはタイマーの正面にある椅子に座った。表示の時間が28:00になった次が27:59になったのを見ると、これは分秒の表示であることがわかる。自分の時計と較べれば間違いなく一秒刻みだ。
残された時間は28分足らず、テディは自分の頭にあるすべての知識と経験を机の上に広げた。
ここは軍事開発研究所、それ故テロの標的にもなっている。厳重なセキュリティシステムで関係者無しにここから奥へ入ることも外へ出ることもできない。そしてここにいるのは自分一人だ。そして目の前にある黒スイカの形状とこれ見よがしに取り付けられたタイマー……
「ヤバイだろう、これは」
テディの頭が出したこの球体の正体について思い付くのは一つしかなかった。
「違う、違うって……」必死にそれ以外の可能性を考えたがどれも覆すほどのものはなく、冷たく点滅する緑のランプと同じペースの鼓動が耳鳴りのように聞こえてきた。
22:00
タイマーは知らん顔して着実にゼロに向けて減り続ける――。ボタンを押せばどうだろう?テディはボタンに指を伸ばした。
「いや待て。時間はまだ、あるぞ」
ボタンを押すことよりこの場の状況を把握、そして打開すべきだと判断しその指を引っ込めた。
* * *
「なぜこの機械が作動を始めたのだろう」
頭の中で研究所に入ってからの事をリプレイした。機械の作動の合図はピーーーーッという電子音だ。その前に何をした?
「そうだ」
電灯のスイッチを入れた時に電子音が鳴った。ということは光に反応したのだ、部屋に入ったときはまっ暗闇だった。そう考えたテディは扉の横にあるスイッチをオフにすると室内は再び真っ暗になった、かに思えた。
「……ダメか」
真っ暗な部屋に緑のランプは点滅を続けている。テディは再び電灯のスイッチをオンにした。
タイマーの表示は
19:35
変わらずに減り続けている。テディはもう一度ボタンに指を伸ばすと、物体が熱を放っているのを感じた。
「これは中で燃えているのか?」
そんな予想が頭をよぎった。
点滅している緑、消えている赤。どちらかのボタンを押せばこのタイマーは止まるだろうか?
「どっちを押せば、いいんだ?」
黒スイカには何も書かれていない。どちらが停止のボタンなのか、それとも両方そうでないのかなんて焦る頭では見当がつくはずがない、もし押してしまったがために黒スイカが即座に爆発したらどうしよう、そう考えるとまたもやボタンを押す勇気は出てこなかった――。
* * *
テディは一度応接室を出て、入口と研究所へと続く二つの扉を見た。入口のドアは自動扉でノブすらなく、パスを持っていないテディにはどうしようもない。反対側にある研究所への扉を押しても叩いても扉は分厚くてびくともしない。
「誰か、誰か応答してくれませんか」
扉の横にある受話器に呼べど叫べど全く反応がない。
「参ったなあ」
テディはにじんだ汗を握りしめながら項垂れて応接室に戻ってきた。脱出もできなければ、今眼前にある危険を誰かに知らせることすらできない――。
タイマーが
10:00
を示すと同時に黒スイカは
ピピピッ
と言う音をテディに話し掛けるような音量で自らの存在を知らせた――。
作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔