短編集『ホッとする話』
十四 カウントダウン
テディは父に呼び出され研究所に向かった。
父は軍直轄のエンジニアで戦争に必要な軍用品の開発をしている。今日は何でも新しく開発したものの試作品ができたとのことで是非見てくれないかと誘いがあった。
テディは今まで父の開発したものはおろか、研究所がどこにあるのかも知らない。これは国家的機密事項であり、知られればテロの標的になりうるという事だけは聞かされている。テディもテロの標的になりたくないので父には仕事について今まで質問してこなかった。
本当は戦争だとか争いは好きでないテディであるが、今回は珍しく父がどうしても見て欲しいというので、今まで秘密裏に仕事をしてきた父を理解するという意味で父の願いを受けることにした。
テディは指定された通りダウンタウンの真ん中にある研究所に着くと、父から預かったIDを通してエントランスに入った。入ってすぐ左には応接室。正面には厳重な扉。玄関にある施設はこれのみで重い扉の先に何があるのかは一部の関係者のみしか知らない。これは情報が漏れれば世界の平和を脅かし兼ねないだけでなく、開発中に生じたリスクを最小限に抑えるためでもある。
テディは入口までのパスしか持っていないので入れるのはここまでだ。そして、ここを出るパスは持っていない。これも来訪者の身分を確認し、不法侵入者であれば生け捕りにするためだ。
テディは奥へと続く扉の横にある受話器を取ってそこに書かれている
call 4699 thank you
を見て指定の番号をコールした。
「おお、テディ。来てくれたのか」
電話に出たのは父だ。今日はどことなく声が弾んでいる。
「来てくれてありがとう。しかしこちらの準備が出来ていないので横にある応接室で待っててくれんか」
「うん、わかった」
「この電話は警備上の理由で一回かけると次はかけられんが、何か聞きたいことあるか?」
テディはノーというと電話が切れた。念のためもう一度4699をコールしたが、確かに繋がらない。軍関係の施設だけにセキュリティはしっかりしている。
テディは応接室に入って研究室からくる父を待つことにした。誰も迎えに来ないのも警備上の理由であると思った。
* * *
テディは応接室のドアを開けた。時間は午後8時30分、誰もいないその部屋は真っ暗だったので手探りで電灯のスイッチを探した。
「あった、これだ」
テディはゆっくりとオンのスイッチを押すと、天井の蛍光灯がパチパチとフラッシュして室内が見えてくる。生活感がまるで感じられない応接室という名の小さな事務室。窓も無く四面に何の飾りもない殺風景な壁、中央には平机とそれを囲む椅子が四脚ある。
テディはテーブルの上にポツンと置かれている物体に目が止まった。というよりもこの空間で目に止まるといえばこれしかない。
「何だ……、これは」
真っ黒いスイカ大の球体だ。よく見れば底面には四つのこぶ程度の脚があり、転がらないようになっていて、ほぼ中央に横一線のラインが見える。これが工作物であるのは認識できるが材質は金属かプラスチックか、外見では綺麗に研磨されていて触ってみないとわからないが、テディの記憶には全くない、初めて見るものであることは確かだ。
テディは触ってみようと手を伸ばした瞬間、
ピーーーーッ
黒スイカからか細い電子音が聞こえてきた。テディは伸ばした手を思わず引っ込めてテーブルの裏側に回りってみると背筋が一瞬にして凍りついた。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ!」
物体の反対側の下方に小さなタイマーがついている、音はここから発せられたのは間違いないようだ。中央に液晶画面で
29:58
と表示しているデジタルがカウントダウンしている。その上には豆粒大の赤と緑のボタン、赤は消えていて緑は点滅している――。
作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔