短編集『ホッとする話』
〜 九回表 〜
三学期も始まった1月の下旬。東宮高校の野球部員は会議室に集められた。今日はいわゆる「審判の日」、つまり春の甲子園の出場校が発表される日である。
去年の成績は、夏の予選準決勝進出、秋期県大会は創部初の三位で近畿地区大会進出し同大会は準々決勝で夏の覇者、蒙北学園に敗れたが防御率ゼロは東宮高校だけだ。今までで一番良い成績を残したが、それでは甲子園は遠い。すぐそこにあるのに、その敷居は山よりも高い。
それでも今年は好成績を残しているので可能性はゼロではないのは確かだ。地元のテレビでも話題に上がったし、現にこの会議室に地元の新聞が取材に来ている。ただ、その規模はちょっとだけで、同じ市内にある蒙北学園に行った記者の方が当然多い。
黒板の前の長机に部長と監督が座ってかかってこないかも知れない電話を待つのを雄飛たち部員は対面でじっと見守るが、暗く重いオーラがどよどよと立ち込めている。
ポケットに忍ばせていたケータイにメールが入った。周りに見つからないようにメールを確認、送り主は蒙北学園の鳴浜龍児からだ。
「悪いな、連絡あった。そっちはどうだ?」
控え室の電話はウンともスンとも言わないままだ。
自分だけでなく、他の部員も隠れて携帯をチラ見している姿が見える。知っている限りの伝から各地方の代表校の状況を確認しているのは見なくても分かる。予定の時間を過ぎても電話はダンマリを決め込んだままだ、空気が気まずい。部員も、ひょっとしたらと保険で来たと明らかに感じられる記者も諦めという名の負のオーラが部屋全体を包み始めたその時だった。
プルルルル……
ほぼ完全な静寂の中鳴り出した部長の電話。恐る恐る受話器をあげる。
「もしもし」
全員聞き耳立てて静かに応答を聞く。
「はぁ、そうですか……」
部長に合わせて部員もガックリ、申し合わせてないのに以心伝心。
「えっ!」
急な大声に全員立ち上がった。部長の顔が突然明るくなったのを見て「まさか、まさか」と横や後ろの部員と顔を見合わせた。
「はいっ、ありがとうございます!」
受話器の向こうで見えない相手に、半分涙声で丁寧にお辞儀をする部長の姿と同時に一同が一気に大騒ぎを始めた。
「みんな聞いてくれ!やったぞ!初出場や!」
誰も部長の喜びの一報を最後まで聞いていなかった。小さな会議室は歓喜の渦でごった返し、
隣の人の声すら聞こえなくなった。
連絡が遅れたのは、東宮高校が悲願の甲子園を決めたのは21世紀枠だったからだ。そのため発表が最後になった。
21世紀枠――。春の大会に設けられた特別枠で、地方大会でそこそこの成績を収めるが優勝できず中々出場できず、かつ部活の取り組みが模範的な優良な学校に与えられる枠がある。それまではどちらかと言えば郡部の部員は少ないが本当に好感の持てる学校が選ばれてきたが、まさか日本一甲子園に近い高校が選ばれるなど、部員だけでなく生徒や学校の関係者も誰も思っていなかった。
「まさかウチが21世紀枠で選ばれるなんて思ってもなかったよ!」
「歩いていける距離になのに」
「出れるだけでもうエエわ」
「おいおい、何言ってんねん!」
記者も含めて部屋中の人間が抱き合って喜びを分かち合い、とりとめの着かない大混乱状態になった。
「とにかく、代表になったんやからその名に恥じんように」
落ち着いてきた頃合いを見計らって監督が鶴の一声をあげた。すると部員は一斉に静になり、練習以上に大きな声で返事をした。
「さぁ、いくぞ!」
今度は主将の一声で部長や監督の腕を引っ張ってグラウンドに連れ出して、マウンドの中心で胴上げを繰り返した。今まで年に二回甲子園球児に
練習のためにグラウンドを貸す屈辱はこの春はない、自分達が使うからだ。
毬奈が示した『世界』という未来
この運命は間違っていなかった。昨秋雨のマウンドで味わったあの苦汁。しかし、それがあったから今日という日を迎えることができた。毬奈がいたから甲子園への切符を手にすることができた。あの時の自分をようやく許せるようになった雄飛は今まで人前で崩さなかった表情を初めて崩し、彼もまたマウンドで宙に舞った――。
作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔