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短編集『ホッとする話』

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 毬奈は幸い同じクラスのマネージャーである有紗も参加していたので、一緒になってせっせと枯れ葉を集めては袋につめる作業を繰り返す。
「最近、占いせえへんねんな?」
「うん……」
「何で?当たるって評判やったのに」
「未来を知ったところで、避けられるわけとちゃうもん」毬奈の手が止まり、少しうつむく「占いが教えてくれる未来は、良いことばかりとちゃうしね……」
 大きくため息をつくと白い息が舞い上がった。それから毬奈は再び手を動かした。
「毬奈……」バツの悪い質問をしてしまった雰囲気が立ちこめお互いに言葉が詰まった。
「あたし、あっちの方掃除してくるね」
有紗はそう言うとホーム裏の方へ行ってしまった。毬奈は去って行く後ろ姿に「ごめんね」と呟く。
 あれから時は流れて、少しは占いについて気持ちを傾けられるようになった。でも、カードはあの時置き去りにしたきりなので、自分のカードが手元に無い。そこにも言葉にできない罪悪感が残っている。
 
 再び球場に背を向けて作業に戻ると、毬奈は後ろから肩を叩かれた。有紗が忘れ物をしたのかと振り返り見上げてみると、毬奈の脈が急に速くなった。そこに立っているのは会って話したかったのに中々近付けなかった東宮高校のエース、雄飛だった。
「毬奈」
「雄飛くん……」
 しっかりとした雄飛の眼差し、最後にここで話をした時とはまるで違う。会っていないしばらくの間、諦めていない彼とクヨクヨしている自分の間にある見えない溝があまりに大きなことを知らされ、毬奈は動くことすらできなかった。
「毬奈にこれを、返そうと思っててん」
 肩掛けにしていた鞄から出したのは、あの日泣きながら置き去りにした22枚のカードたちだ「もう一度占って欲しい。毬奈が毬奈であるために」
 毬奈の手に22枚のカードが久方ぶりに戻ってきた。カードの箱を突き破り、中にいる者たちが飛び出して来そうなオーラを感じ、毬奈は思わずもう片方の手で箱の上面を押さえた。
「ごめんね、ごめんね」
 本当はずっと気になっていた、未来を教える大事な道具。それらは毬奈を許している。それが分かる毬奈は思わずカードを守っててくれた雄飛の顔を見た。
 雄飛は無言で頷く。彼に見つめられると何も答えられない。本当は自分からも近づけたのに今まではばかっていた自分が恥ずかしいとさえ思えた。
「わかったよ……。じゃあ学校、行こう」
 今は雄飛の気持ちに任せてもいい、毬奈は雄飛の厚ぼったい右手にそっと触れた。


   * * *

 誰もいない図書室、鍵を持っているのは図書委員の特権。二人が迷わず進んだ先は哲学の書棚の横にある生徒用の机。広い図書室の狭い一角、そこは二人だけの空間で机を挟んで向き合った。
「未来はカードが教えてくれる」
 毬奈は大きく深呼吸をして、22枚のカードに手を当て机に広げると、机の上は宇宙になった。
「どんな未来でも、俺は受け入れる。それが苦難であれば乗り越えればいい」
雄飛の視線を感じて毬奈は頭を上げた。そして中央に重ねたカードの一番上に手を当てて、迷わずにそのカードを裏返しにし、雄飛の前に差し出した。
「これは……?」
 月桂樹の輪の中で女神が立っている。彼女はすべてを越えた力強い表情で雄飛を導くように微笑んでいる。それがどんな意味をなすのか、雄飛は目線を毬奈に移す。
「『世界(ワールド)』だ……」
「世界……」
 ローマ数字で『XXI』、英語で『the world』と表記されている。毬奈の顔が緩んでゆくのを雄飛は見逃さなかった。
「『世界』が意味するのは、『成就』とか『約束の成功』とか……」
「そうか……」いい意味を象徴しているのは分かる。それでも努めていつもの無表情で雄飛はカードを見ている。
「いつかはわからない。だけど、願いは叶う、それを示している」
 許されたかのように笑顔が戻る毬奈。安堵の息が漏れるとその音は静かな図書室に響いた。

「『塔(タワー)』のカードがやっと活きるよ!」
「どういうこと?」
沈黙を破ったのは雄飛の方だった。彼の意外な発言に思わず毬奈は視線を上げた。
「俺もこのカードを拾ってからタロットのこと調べたんや、ここで」
 雄飛は哲学の書棚のすぐ横に目を遣った。その書棚は、毬奈が同じくタロットと出会った運命の書棚だ。 
「『塔』にはもうひとつ意味が、あるねん」
「雄飛くん……」
 毬奈は雄飛に説明を求めなかった。あの時言えなかったことが一瞬で思い出されたからだ。

 『塔』の持つもう一つの意味――。それは

   驕り高ぶることなかれ

である。雄飛はそれを知って自らを顧みた。得意を過信して負けたことを成長に変えた。そうすれば運命は拓かれる、そう説明した。毬奈には詳しいことはわからないが、目を見るだけでそれですべてがわかった。
「――ありがとう」
 礼を言われて毬奈は目が潤み出すと視線が自然に上がる。
「俺は大丈夫やから、毬奈は毬奈でいて欲しい」
あの時はこの優しさに耐えられなかったが、今は違う。辛くはない、嬉しい以外に表現が思い当たらない。
「だから、約束してよ。俺を信じるって」 
 机越しに手を握られた。そしてゆっくりと頷くと涙がこぼれて机の上に広げられた宇宙の中心、『世界』の上にポタリと落ちた。
「ありがとう、ありがとう」
 毬奈は本能で雄飛に抱きついた。この先雄飛が追い求めている夢の果てがどうであっても彼を信じられる、机の上の『世界』は雄飛にだけでなく、占った自分自身にも示している、毬奈はそう決めた――。