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短編集『ホッとする話』

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     〜 七回表 〜

 地区大会の敗退以後、野球部の士気とリンクするように雄飛と毬奈の関係は急に疎遠になった。元々クラスも違う二人はすれ違うことが多くなり、何もないまま時間だけが過ぎた。

 図書室の奥にある『哲学』の書棚――。

 この言葉が意味のある合い言葉である生徒は多い。しかし、あの日を境に指定席に「預言者」とも呼ばれる主は現れなくなった。それもそのはずだ。彼女に未来を教える22枚のカードはあの日主人の手を離れ、それを拾い上げた雄飛の家に置いたままなのだから。
 雄飛はこのカードを元の場所へ戻したい、彼女の気持ちが落ち着いたら。しかし、そう考える度にあの時の泣きながら去って行く後ろ姿が甦り、結局そのまま残っていた。
「あの時、正直な気持ちを出した方がよかったのだろうか」
 試合に悔いは無かったのに、彼女を思えば色んな後悔が甦る。どう考えようが時間だけはいつも同じスピードで過ぎ去って行った――。
 
   * * *

 季節は冬になり、放課後になればつい先日まで聞こえていた金属バットの音や威勢のいい掛け声は聞こえなくなり、東宮高校の野球グラウンドは静かになる。野球部の練習メニューも冬シフトになり、ピッチャーである雄飛は毎日下半身強化のためのランニング主体のメニューになった。そのため個人メニューで練習をこなすので、チームの者ともコミュニケーションを取る機会も減り、毬奈という気持ちの拠り所さえも離れつつある毎日に、やるせなさが募るばかりだった。

「俺、ちょっと走ってくるわ……」
 雄飛は学校を出て走り出した。いつもなら川の方へ出て河川敷を上るのがいつものコースであるが、今日はそんな気分になれず足が自然に甲子園の方向へ進んでいた。中学の頃はただの憧れで球場の回りを自主練と称して何周も何周も走っていた。時には毬奈が自転車で並走してくれたり、時には阪神タイガースの選手を見つけて子供のようにはしゃいだりと、重くない目標に向かってただの走るだけの楽しかった頃を無意識に求めていた。
「プレッシャーなんてものは感じたことなどない」
と常日頃誰彼構わず言い続けてきた雄飛だったが、実は今まで背負ってきた期待の重さに今にも押し潰されそうなのに誰に打ち明けることもできず、そして気持ちが離れかかっている毬奈に対して何も言ってやれずにここへ逃げている自分がやるせなかった――。

 雄飛はあの頃に帰りたかった。そう思いながらただがむしゃらに何周も球場の回りを走った。10周、20周走ろうが、雄飛の頭に残るモヤモヤはなくなるどころか大きくなる。
 あれから何周球場の周囲を走っただろう、バックスクリーン裏からレフト側、そして三塁側の外側を走っていると対向から人に紛れて見慣れたかつての仲間が自転車で向かってくるのが見えた。その姿は見間違えることはない、鳴浜龍児、蒙北学園のキャプテンだ。
「龍児――」
「雄飛――」
 雄飛は走り続けて熱くなった脚が自然に止まると、龍児もつられて自転車からおりた。