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短編集『ホッとする話』

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 その裏、東宮は先頭打者を三振でやり過ごしたあと見方のエラーでランナーを許し、それから内野安打と四球とで満塁、絶体絶命の窮地に立った。そして、

   四番 センター 鳴浜君

のアナウンスで、蒙北の主砲にしてかつてのチームメイトが打席についた。マウンドに立つ雄飛は顔を変えず、むしろ笑顔さえこぼれている。こんな大舞台で親友と対戦できることは素直に嬉しかった。

 雄飛はランナーに注意しつつ投げた第一投、外へのチェンジアップ、見逃してストライク。当然警戒している速球を見せずにコースを狙った誘い球で攻めるもファウルで粘られ球数が増える。
 投じた7球目、投じたチェンジアップはわずかに外れフルカウントになった。もう後がない――。
 最後の勝負球、雄飛はキャッチャーの伸也とサインを出し合う。
「ストレート、内角低め」
フルカウント、決め球はやはり王道と決めていた。今までチームをここまで導いて来たのはわかっていても打たれない直球だった。
「お前がそう言うなら、そうだろう」
「ああ……」
 二人の意見は一致した。雄飛はグラブから白球を放りあげると、球は弧を描き雄飛の右手に収まる。
「タワー、か……」
 ボールの描く弧が塔に見えた。

  今まで積み上げたものが
  一瞬にして崩れる

昨日、毬奈の示したカードのことが頭に浮かんだ。
「あたしの占いはあくまで目安だからね」
「ああ、わかってるよ――」
握ったボールを見つめて、ボールに魂を入れる。小雨だった雨が強くなりはじめる。
「ストレート、内角低め。龍児が苦手なコースだ」
 そう呟きセット、視界に入る三塁側のスタンド。背後の一塁を確認し、宣言通りにキャッチャーの構える内角低めに渾身のストレートを放り込むよう照準を定めた。
「――見てろ。運命は自分で切り拓くものだ!」
 延長戦の疲れもなく、自然に腕が振れた。コースは申し分ない。真っ直ぐにミットに収まったボール、微動だにしない龍児を見て雄飛の足はベンチの方に向かいかけたとき、審判の声が球場にこだました。

   「ボール!」

 審判の手は上がらない。バッターは完全に手が出せないボールだった。しかし、審判の手は動かなかったのを見てチームの時間は完全に止まった――。

   「フォアボール!」

 一層強くなってきた冷たい秋雨、雄飛は天を見上げた。雨は容赦なく雄飛の顔に降りつける。
 前を向き直ると打席で立ち止まったままの龍児、そして三塁からランナーが両手を翼にしてホームに着陸した瞬間にすべてが終わった。

   「ゲームセット!」

 秋季大会準々決勝。甲子園に日本一近い高校と言われる東宮高校は、兵庫県対決となったこの試合に敗れた。優勝、準優勝ならもちろん、準決勝進出でも来春は悲願の甲子園初出場といわれた大事な試合。夢の切符は、あともう少しの
ところで届かなかった。
 後悔はない。得意のストレートで負けたのだから。でも込み上げてくる悔しさは抑えきれない。雄飛はそれでも表情一つ変えずホームに集合する姿に惜しみ無い拍手が贈られた。

 降り続く雨、暗い空。その空の明るさは選ばれた者のみしか見えないのだろうか――。

 三塁側スタンド前で最後の整列、雄飛はただ一点を見つめ奥歯を噛み締めた。