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短編集『ホッとする話』

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     〜 五回表 〜

 近畿大会準々決勝、対戦相手は今年の夏甲子園出場を果たした蒙北学園、同じ市内、県下どころか全国屈指の強豪校だ。勝てば金星すなわち来春甲子園に行ける可能性はほぼ確実になる。負ければワンシーズンで三度同じチームに後塵を拝するようでは選抜選考の大きなマイナス要素、すなわち絶望的状況であることは言うまでもない。
 一番の勝負どころであるのは全員の共通認識で、小雨降る秋の球場は雨を蒸発せんばかりに熱くなっていた――。

「今日は1点勝負、投手戦になるのは確実やから、守りでリズムを作ってワンチャンスをものにする。いいな!守りきるぞ!」
「ハイッ!」
 ベンチ前での円陣。監督の指示に返事をする選手たち。今日の試合展開は何度もシュミレーションしたので、この場では再確認するまでに練習と研究を繰り返した。相手は夏の兵庫県覇者、これに勝てば間違いなく春は来る。円陣の中でナインはそれを信じ、その精一杯の気持ちを雄叫びに変えて各ポジションについた。

   * * *

 試合は予想通りの投手戦の展開になった。東宮高校は毎回塁に出るがそれに続くことができず、一方の蒙北学園は雄飛の緩急自在のピッチングに翻弄され三塁に到達していない。許したヒットは内野安打を含めてわずかに三本。それだけに試合の流れは足早に回を重ね、九回を終えても均衡が破られることはなかった。

 そして延長戦11回表、ようやく東宮打線が繋がり、一死二、三塁。8番バッターが敬遠され打順は雄飛に回ってきた。

   「9番、ピッチャー古川君」

 名前を呼ばれ、雄飛は大きく深呼吸をして打席に入り素振りを一回する。
「ワンチャンスをものにする」
そのワンチャンスがまさにこの時だ。
「とにかく、振り抜くんだ」
大きくなくてもいい。内野を越えさえすれば均衡は破れる。あとは自分が投げ抜くのみだ。
「見てろ、毬奈」
 ピッチャーがモーションに入った。雄飛の目にははっきり見えた。速球、真っ直ぐ。球種がわかればあとは自分の気持ち次第だ。

 雄飛は迷うこと無くフルスイングした。球場に大きな金属音が響くと、観衆の視線は雨の降る宙に上がった。
「よっしゃ!」
 雄飛はバットを置いて両手を叩いた。打球はセンターのほぼ定位置辺りに舞い、中堅手の動きが止まると、集まった視線の半分は三塁ランナーを捉えた。

 中堅手がボールをキャッチ、三塁ランナーは同時に殊勲の先制点目掛けてダッシュした。
「頼むッ!」
叫ぶ雄飛、ベンチだけでなく三塁スタンドの全員が祈りの声援を送る。それと同時に強肩センターの矢のような変球がホーム目掛けて飛び込み、球場の全員がキャッチャーとランナーが激突するのを目の当たりにし、ホームに泥が跳ねて上がると周囲の時間が一瞬だけ止まった――。

   「アウト!、アウト!」 

 一拍おいて天に上がる審判の手。ざわめく一塁側、ため息がこぼれる三塁側。キャッチャーは倒れながらもボールをしっかりミットに収めていた。

   「チェンジ!」

 雄飛は一塁付近で立ち尽くし、ホームベースの激突を見ていた。
「しゃあない、しゃあない」
 それでも雄飛は表情を変えなかった。試合はまだ終わっていない――。