小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集『ホッとする話』

INDEX|73ページ/150ページ|

次のページ前のページ
 


 二人は近くのファストフード店の端の席でテーブルを挟んで向かい合って座った。雄飛はセットを注文し、毬奈に飲み物だけを譲った。いつもの二人のメニューだ。雄飛は何も言わないけれど、彼が私を呼んでいることは毬奈にはわかっていた。こうして遅い時間に会えるだけでも気持ちが弾んでいる自分がわかる。
「明日のこと、なんやけど――」
「うん、わかってるよ」
 毬奈はしっかり用意した22枚のカードを箱から出して、魂を吹き込んだ。 
「未来は彼らが教えてくれる――」 
 二年生になってから東宮高校が敗北を喫したのはわずか二回、いずれも相手は蒙北学園であることは毬奈も知っている、そしてこの二試合については、たまたま雄飛と時間が合わず、試合の行く末を占っていない。三度目の対戦、毬奈は自分の得意でどうしても雄飛を元気にさせたかった。

 毬奈はテーブルの中央に裏返しにして置かれたカードの束に手を当て大きく深呼吸した。そしてその白い手は円を描くとカードが尾を引くように広がりテーブルは混沌とした宇宙が広がる。それから宇宙は静寂に還り、毬奈は一枚のカードを表に向けた。
「――これは」
 毬奈の言葉が一瞬遅れた。雄飛はテーブルの中央に目を遣ると、そこにに立つのは人ではなく、大きな塔だった。ただ、塔の頂きは落雷で崩壊を始めんとしており、その先にある毬奈の顔を見ればそれが何を示してるのかは占いを知らない雄飛でもおおよそわかった。
「何?何のカード、それは」
 恐る恐る雄飛は微妙に震える毬奈の手を見て口を開けた。
「塔(タワー)……」毬奈はカードの先に手を置いたまま開いた口を閉ざした。
「それが示す意味って、なに?」
 黙って首を横に振る毬奈を雄飛は黙って見ている。
「いいよ、言ってくれればいい」
 雄飛はそれでも全く表情を変えずに頷いて毬奈の指先に自分の指を当てた。我を失いそうだった毬奈の気持ちは許されたように落ち着く。
「うん……」毬奈は雄飛から目を逸らし、悩まし気な目でテーブルの中央に聳え立つ16番のカードを見つめた「あまり気を悪くせんとってね」
「わかってるよ」
「塔(タワー)というのは、今まで積み上げてきたものが一気に崩れ落ちるという象徴なの、だから……」
「だから、何だってんだ?」
「いずれにせよ良くないことを現しているわ」
「そうか……」
 占いとはここまで当たるものなのか――。戦力的には敵わない相手であるのは雄飛はよく知っている。顔では平静を見せても彼女の示した未来に内心は穏やかではいられなかった。
「あたしの占いはあくまで目安だからね。外れることだってあるから、あまり気にせんとってね」
「ああ、わかってるよ」
 いつもの無表情で答える雄飛。しかし毬奈にはそれがいつもの無表情ではないと感じたと思うと自然に口が開いていた。 
「怒ってる?」
「……いや」雄飛のうつむいた視線が少しだけ上がるのを毬奈には見えた。
「ピッチャーってのは、無表情なんだ」
自分を案じて占ってくれた彼女に心配させまいと雄飛はわざとらしく笑顔を作った。

 浩次郎から教えてもらった大切なことのひとつに、
「表情を出さない」
というのがある。元来ピッチャーはマウンドでバッターだけでなく自分とも戦う。気持ち、体力、技術を上手く調節させてバッターを打ち取りつつゲームをコントロールする。身体能力の優れたピッチャーでも、気持ちが弱ければ攻略される。雄飛はそれを体力技術と同じくらい大事なものとして教えられ、日頃から努めて表情を出さず、それが日常のことになるまで心身を鍛え上げた結果、感情をあまり表に出さなくなった。
「いずれにせよ厳しい相手には変わらへんねん。気を引き締める良い機会になった。ありがとうな」
 毬奈は、本当は自分が元気付けたいのに精一杯のフォローをしてくれる雄飛の優しさが好きだ。本当に大好きだ。
「明日、見に行くね」
「ああ……。勝つよ、約束する」
 店を出ると、毬奈は去り際に正面から雄飛にギュッと抱き締められた、それだけで癒されたがそれと同時に辛さが毬奈を襲った――。