短編集『ホッとする話』
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「――先生、反応が戻ってきました」
「本当か!良かった。みんな、頑張って彼を救ってやらねば」
救急救命病棟で医師たちが慌ただしく動き出した。
雨の中畑で倒れた老人を救護に入った救命士が雷に打たれ、心肺停止の状態で運ばれてきたのだが、数日の昏睡状態を抜け出しこちらの世界に戻ってきた反応を示したのだ。
「大丈夫ですか、ウチの子は」
「決して余談は許さない状況です。本当に彼次第でしょう」
遠い意識の向こうで何かが聞こえてくる……。
「落雷に遭ったとはいえ、装備が整っていたのと初動の救命措置が奏功している。そして、本人の体力――、これは奇跡だ。さぁ、戻って来い!」
私は、不思議な体験をした。気が付けば私は母をはじめ色んな人に囲まれて、朦朧とする意識の中でその声を聞いた。何を言っているのか認識はできなかったが、一通りの声を聞き終わると再びまどろみの中に入っていった――。
ついさっきまで経験したあれは何だったのだろう。やけに具体的に、だけど根拠のない信憑性のあるものは。それが頭の、いや、この世界もしくは違う世界の出来事だったとしても、私は一度は死んだ身ということは確かなのかもしれない。
この世に戻ってくることを許されたが、すぐに戻されるかもしれない。しかし、私はどんな方法でもいいから私は生きたいと思った。現世ではまだまだできないことがある。
おわり
作品名:短編集『ホッとする話』 作家名:八馬八朔