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短編集『ホッとする話』

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 私は門番をしている赤鬼に促されてお堂の中に入った。前門を通り中に入ると大仏くらいの大きさの鬼が机に座っている。これが誰だと言わなくとも、現世と来世をつなぐ裁判官であることは理解できる。想像の通りの光景に私は大きく息を飲んだ。

「お主は、どのようにしてここへ?」
「それが、覚えていないのです。私は救急救命士だったのですが、雨の中老人を助けようとして……、ここに来ました」
 閻魔大王は赤鬼が用意した帳簿を見ながら検討をしている。嘘はないかと調べてでもいるのだろうか。
「なるほど、そのとおりのようだな。でそこで記憶が途絶えていると」
「はい、とにかくそこで亡くなったようです。危険を伴う仕事でしたから。無用心な自分が不甲斐ないです」
 私は思っていることを正直に答えた。嘘を付けば舌を抜かれるかもしれないとも考えはしたが、結局はここでハッタリを使う必要もないと思ったからだ。

「では、ここへ来たことを後悔しているか?」
「後悔というより、親より先に死ぬのは親不孝ですよね……」
「告別式で親は来なかったのか?」
「告別式?葬式のことですか?。いえ、気が付けばこの山に登っていたので、ここへ来る前のことは全然覚えてないのです」
「なんと……では、ここへ来る前三途の川も渡っていないと?」
「川ですか?……はい、全く」

 閻魔大王はお付きの鬼に何やら耳打ちをすると、その鬼は机からピョンと飛び降り、どこかへ走っていった。しばらくすると何やら冊子のようなものを持って、すぐさま大王に差し出している。
「ほう……、そういうことか」
 閻魔帳をパラパラとめくって閻魔大王はつぶやいている。
「お主は、まだ現世での宣告は受けておらぬようだな」
「それは、どういうことですか?」
 このばにいる者は常識的に分かっているようなことを質問されたのは何となく理解ができる。ただ、私自身は全く分からずに思わず反射的に質問を跳ね返した。
「大抵の場合、ここへ来る者は現世の努めを終えたことを認識するか、宣告を受けて来るのだが、お主は知らないということだな?」
「はい」
「では、その場にいたらお主は何がしたい?」
 私は腕組みをして考えた。    
「母ちゃんと仲間に謝りたいですね。反対押し切って救命士になって、人の命を救うのが仕事なのに自分が命落としたりして……」
 閻魔大王は帳簿に私の言ったことにメモを取っている。手が止まると筆をコンコンと叩いて動きが止まると私の方を鋭い目で見てきた。
「そうか。そういうことなら一度現世に戻り、宣告を受けて来なさい」
「え?そんなこと、できるのですか?」
「お主はまだ成仏しておらぬ。ここの処分はそれからでも遅くはない」
「はぁ、そうなんですか?」
私は思っていることと全く違う状況に頭の整理が付かずその場で考え込んでしまった。生きていない?でも死んでもいない?ということは浮遊霊の状態?そんな掴みどころのない問答をしている中、閻魔大王は机の木槌をコンと叩くと、私の意識は朦朧とし始め、ゆっくりと落ちて行った――。

   ・ ・ ・

「大王様――」
 机の上で鬼が閻魔大王を見上げた。
「たまに間違って来ることもある。奴の身体はまだ朽ちておらぬ。あとは奴次第だよ」
 閻魔大王は男の閻魔帳を遣いの鬼に見せた。彼の一生を記した帳面には、最後の頁にまだ何も書れていない。
「宣告を受ければ戻ってくるのでしょうか」
「ウム、すぐに戻ってくるだろう。すぐといっても人間の世界では数十年くらいの時間だろうがな。ただ、奴が現世に必要ないと判断すればこのままこの門を通すところであったがな」
 男の閻魔帳を閉じると、閻魔大王は次の閻魔帳を手に取った。

「次の者を呼んで参れ!」