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短編集『ホッとする話』

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     〜 二回裏 〜

 放課後の図書室。グラウンドからは運動部のワイワイとした声や野球部がボールを打つカキーンとした音が聞こえてくるが、ここだけはいつも静かだ。鉛筆を落とす音さえも聞こえてきそうなくらい静寂に包まれていて、外界とは違う空間を作っている。
 そんな図書室の一番奥、一番読まれそうにない哲学の書棚の横にある一つの机。教室で使われないそれを置いているだけであるが、それを囲んで女子生徒が二人、向き合って座っている。そして、机の上には色とりどりのカードが並べられ、それぞれがカードから飛び出して机の上で踊っている。毬奈は踊っているカードを慣れた手つきで自在に操り、対面にいる生徒は魔法にかかったように固まってその動きを見ている。

「それで……、どないなん?」
 少女は彼女が喋り出すのを待つ。固唾をのむその音さえも聞こえてきそうだ。
 中央で一人、若者がさまよって歩いているカードを拾い上げ、毬奈は指を顎に当てて考え始めた。
「そうね、愚者(ぐしゃ)のカードが出ている」
「愚者(愚か者)?それって良くないってコト?」 
心配そうに問い掛ける少女。
「違うよ。愚者というのは『ばか者』ではなく、赤ちゃんのようにまだまっさらの状態のことを言うのよ。そやから……」
そう言って毬奈は愚者のカードを机の中央に戻すと、カードにかかれた番号を指差した。
「愚者(the fool)に当てられた数字は『0』。すべての始まりを示すねん」
 頷く少女、何か見えないものを見ているかのような毬奈の目を見ることができない。机の上に視線を移すと愚者がカードから飛び出して歩き出すように見えた。
「だから、あなたは赤ちゃんになったつもりで、0からはじめるといい。うまく、行くよ」
愚者は毬奈が手に持ったカードの束に吸い込まれ、机の上には何も無くなった。さっきまで机の上を踊っていた22枚のカードたちは持ち主によって元の箱に収められ、辺りは一層静まり返った――。

「ありがとう、毬奈」
「いいんだよ。趣味でやってるから」
 どこにでもある公立高校の図書室の奥の奥。進学校なら少しは読まれるかもしれないが、特に目立った実績もない中の中の高校で、哲学の本など読む生徒など皆無に近いのに、哲学の書棚があるのが珍しい。よって当然の成り行きとなるがここに生徒が来ることはめったにない。少なくとも毬奈がこの場所を見つけるまでは。