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短編集『ホッとする話』

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 兵庫県にある市立東宮高校。野球部の背番号1番は古川雄飛(ふるかわ ゆうひ)、二年生だ。去年のチームからマウンドを任され、チームの牽引役であるのは誰もが認めているところだ。チームは高校球児の聖地、甲子園に向けて日夜練習に励んでいる。公立高校ながら、これまで地区大会でそこそこの成績を収めているが、最激戦区である兵庫県において頂点に立ったことは一度も、無い。
 しかし、この高校は創立以来

   『日本一甲子園に近い高校』

であるとずっとそう言われてきた。というのも、東宮高校は甲子園球場からわずか数百メートルしか離れていない。六甲颪の吹く日は阪神タイガースの応援が学校にまで聞こえてくる。雄飛たちの学校はそんな近いところに、ある。
 しかし、近いのは物理的なものだけで、最激戦区といわれる兵庫県で春夏どちらの大会でもスポーツ推薦のないごくごく普通の公立高校では甲子園に出られるのは夢物語に近い。それでも、可能性があるかぎりは諦めることはなく、選手だけでなく教師やマネージャー、地元地域の人も一体となって長い年月をかけてチームを盛り上げ、今年はひょっとしたら手が届くかもしれないところまでの実力をつけた。
 チームのエースである雄飛は150キロのストレートとその速球を警戒するあまり相手の裏をかくチェンジアップが武器だ。中学の頃から頭角を現し始め多数の推薦を受けていたが、進学先として自宅から一番近い東宮高校に決めた。入学後もよき環境よき指導者などにも恵まれて彼の才能はさらに開花し県内でも彼より速い球を投げる者はいないほどまで成長した。東宮の快進撃は彼なしには語れないといっていい。夏の予選も30年振りの4強に入り、地元どころか一部の報道も「日本一近い」高校が甲子園に出場するのではという良い噂が上がるほどになった。
 来年は創立から50回目の春を迎えるが、春はまだ、来ていない。しかし、今までで一番近いところまで春は、来ている。今日の勝利でその可能性はゼロから1くらいに前進した。
 毎年全国からやって来た甲子園球児のために練習場として学校のグラウンドを明け渡す屈辱は毎年味わってきた。それでも部員は

   「日本一甲子園に近い高校」

という50年に渡り貼られ続けてきたレッテル剥がすという目標をいつだってブレずに持ち続けている。そして今、それを剥がさんとする千載一遇のチャンスが目の前に来たのだ。
 挨拶を済ませた雄飛は前を向き直り、笑顔を見せるわけでも無く帽子をかぶった。
「まだ先が、あるんだ」
 
 未だ道半ば――。東宮高校の春は到達していないことを確認して雄飛はベンチに向けて走り出した。